04-02 さすがに草生えるわ

 というわけで、その暇つぶしに付き合い、いままでキャッチボールをしていたのだった。まあキャッチボールは、俺にとっても自転車での通学つうがくとはまたちがったいい運動になるし、気晴らしにもなるのでそんなに悪いものではない。


 が、昨晩からつづく非常事態と、いまだ整理しきれていない脳みそで頭を抱えている俺にとって、もうそろそろ解放されてもいいんじゃないかな、ホントに。……シャツも汗でにじんできたし。


「榛名ー、ゲームの更新そろそろいい時間じゃないのか?」


 俺の言葉に、榛名はボールを投げかけていた手を止め、ショートパンツのポケットからスマートフォンを取りだした。


「ん、そいえばそうかも」

「じゃあ、あがろうぜ」


 俺はベンチに置いていた着替えの入ったスポーツバッグを榛名のぶんも拾い、体育館のわきにあるシャワー室へと歩きだした。うしろからきた榛名は「わりい」と言って、俺の手からスポーツバッグを受け取る。


 このやり取りだけを見ると、中学や高校時代の気のおけない野球部仲間のような感じだが、くさっても榛名は女だ。そして、だまっていればなかなかの美人。


 そんな榛名は今日もタンクトップにショートパンツ、そしてサンダルという平常運行へいじょううんこうだった。そんなあられのない格好かっこうであっても、夏だから許されるし、まえにも言ったがスタイルがいいので下品げひんな印象もない。……のだが一つ問題があった。


 霧島榛名は「千代田怜とちがって」なかなかに胸があるため、目のやりどころに困った。しかもいまかいた汗によって、ほどよくシャツが滲み肌がけていた。


 ほんのりけというヤツである。


「榛名おまえな、キャッチボールはいいが、すこしは見た目を気にしろよ」

「お、いきなりどうした?」


 榛名は、俺が目をそらしたのを見て、自分の胸のあたりに目を落とし、納得したらしい。


「ああ、慣れろよ。一年経つだろ?」

「……慣れろよじゃねーよ、怜にも言われてるだろうが」

「千代田は……まあ…………な」


 いや言いたいことはわかるが、そのリアクション怜の前でしたら刺されるぞ。


 にしても、コイツも一年前は普通の女の子? だったんだがなあ。

 いつからか、ざっくばらんな話し方というか生き方になったが、うちのサークルに馴染なじんできたってことなんだろう。付き合いやすいと言えばそのとおりなんだが、はっちゃけ具合ぐあいに度が過ぎると感じることもあった。


 俺たちはシャワー室で別れて、汗を流したあと部室に戻った。




 午前十一時過ぎ。


 シャワーから戻り、部室のドアをあけると、パソコンまえに榛名が陣取じんどっていた。回転椅子にあぐらをかき、マウスを操作そうさをしている。怜がいたら怒られるであろう生乾なまがわきの頭に、バスタオルをかけたままのその姿は、いかにも夏の気だるさを演出する女子大生。


 一人暮らしの女子大生のだらしなさってこんな感じなんだろうな、と妙にさまになっているその姿に感心した。だが、相変あいかわらずタンクトップにショートパンツ。


「榛名―、ちゃんと髪かわかさないとくさくなるぞ」

「うん」

「まえ見たときも疑問に思ってたんだが、おまえ着替きがえ持ってきてないのか?」

「ん? ちゃんと着替えてるぞ」

「いや、そのタンクトップとパンツ、さっき着てたやつじゃん」


 榛名はパソコンから顔をあげて俺を見た。


「ちゃうちゃう。これは別。ちなみにこれはタンクトップだけど、ブラトップな」

「ブラトップ?」

「これの内側にブラがついてる。だから乳首ちくびけない。便利だぞ」


 ほう、そういうのもあるのか。


「って、ちょっとまてい! いまちく……」

「うん乳首」

「あのなあ、さっきもそうだが少しは女をたもてよおまえ……」

「お、磯野は、わたしのこと女として見ているのか?」

「……ただすこし心配になっただけだ」

「へー」


 榛名はにやけづらを俺にむけた。

 そんなことより……いやいやどうでもよくないが、それよりも――


「おなじ服何着も持ってるのか?」

「そうそう」

「え、なんで?」

「なんでって、楽だからに決まってんじゃん」

「もしかして」

「気に入ったら数着同じの買う」

「わかからんではないが」

「服の組み合わせとか毎日考えるの面倒いじゃん」

「お前……発想が野郎やろうと変わらんぞ。そんなこと言って本当は着替えずにきてるんじゃないのか? 足だって臭くなってたりして。いや、あきらかに臭そう」

「失礼なやつだなー。さっきシャワー浴びたの知ってるだろー」

「それはそうだが雰囲気ふんいき的に臭そう」

「臭そう臭そうって……。あのなあ……そんな疑うんならいでみるか?」


そう言いながら、足を俺に向けてくる。


「やめろや、臭そうなのこっち向けるな」

「磯野ーこれでもわたしだって女の子なんだぜ。そんなデリカシーのない――」

「女の子だと? どの口が言うんだよ。それに足まで向けてきといて、さすがに草生くさはえるわ」

「なんだとー」


 いまの言葉に頭にきたのか、めずらしくふくれっつらになる榛名。たが、すぐさま不気味ぶきみなドヤ顔を浮かべて次の言葉をのたまいやがった。


「そこまで言うなら三千円やるよ貧乏学生。嗅いでみ、ほれほれ」


 三千円……だと。

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