02-05 そもそもそれって本当のことなの?

 そんなやり取りをしている横で、いつの間にか竹内千尋がヴォイニッチ手稿の画像検索の結果画面をひらいていた。


「これこれ」


 あまり芸術的とはいえない絵柄えがらに、植物とそれに関する解説が書かれているらしきページ。奇妙な液体えきたいで満たされた浴槽大よくそうだいの木の実。その中に裸の女性がつかっている絵が描かれていたりと、なんとも言いがたい画像が並べられていた。


 と、パソコン画面をのぞこうとする怜とちばちゃんが、俺のパーソナルスペースを侵害しんがいしてくた。って、近い近い! 俺は慌ててその場を離れ、パイプ椅子を引っ張り出して腰かける。


「ねえ、磯野の話よりもヴォイニッチ手稿の話しようよ。そっちのほうが面白そうだし」

「お前な」

「磯野の夢の話といえば、継続夢けいぞくむっていうのもあるよね。それもいまの磯野の状態に似てると思うよ」と竹内千尋が話題を戻した。

「継続夢?」

「確かに竹内の言うとおり、継続夢っていうのもあるな」


 また柳井さんが嬉しそうに話題に乗ってきた。


「これも異世界ネタなんだが、その名のとおり、前に見た夢の続きを子供のころから見続けている人の話だ。見続けている夢の舞台が、もうひとつの現実世界のようにリアルなんだ」


 オカルトネタとはいえ、夢にもいろいろあるんだな。けれど、その話は現状には当てはまらないんじゃないか? いま見ているこの夢は今回がはじめてなわけだし。ただこれからこのオカ研世界の夢を見続けることになったら……いやいや、不吉ふきつなことは考えるな。


「夢がリアルってことは、さっきの明晰夢に近いんですか?」

「ああ。明晰夢と関連があるとも言われている。ある例だと『日本のある都市で幼少ようしょうから大人になるまで生活している』らしいんだよ。オカルト話だから信憑性しんぴょうせいは当然ないわけだが、磯野の記憶が二つあるっていうのはこの継続夢に近い気がするな」


 なるほど。俺の頭の中に二つの人生の記憶があるってことであれば、この継続夢にも通じる点があるか。


 だけど決定的に違うのは、現実世界では出会ったことのない霧島榛名の顔を見て、はじめてこっちの記憶がよみがえったってことだよな。


「ただ引っかかることがある」

「なんです?」

「磯野のもう一つの記憶っていうのは、どれくらいはっきりしてるものなんだ?」

「僕も気になっていたけど、そういえば人生の記憶って言ってたよね。そんなに長い記憶がもう一つあるってこと?」


 柳井さんと竹内千尋二人の問いに、現実世界とこの夢の世界を反対にしたうえで俺は答えた。


「ああ。さっき言った映画研究会の世界での人生の記憶が、まるごと頭の中にあるって感じかな」

「それってまさか、生まれてから大学まで過ごすくらい長い夢を見たってこと?」

「いや、その夢の中で幼少からの記憶がよみがえった感じ」

「へー面白いね」


 俺たちのやり取りに柳井さんは一人うなずく。


「なるほど。つまりさっきの挙動不審は、起きてからも記憶が鮮明に残っていたから、夢と現実の二つの記憶の混同こんどうが起こって狼狽うろたえてたってわけか」

「そうです柳井さん!」

「おお」

「なるほど」


 霧島姉妹はそれぞれ微妙な表情のまま二人でうなずき合っている。と、ふと思いついたように姉のほうが難しい顔をしながら俺を見た。


「けどさ、それならその明晰夢から覚める方法じゃなくて、もう一つの記憶が消える方法を見つけるほうがいいんじゃないのか?」


 榛名のやつ何気なにげ核心かくしんいてくるな。


 けれど、現状はこの夢から目覚めることが第一だ。榛名の言うこのオカ研世界の記憶が消えるのは、起きたあとの話なわけで。


「そうなんだけどさ。また同じような夢を見てしまったときに、そんな現実味のある夢を夢だとわかっていながらも、目覚められないまま見せられ続けるのはツラいものだぜ」

「そうかー。たしかにそうだな」


 榛名は真剣なのかわからないまま腕を組んでうなずいた。こいつはこいつなりに知恵をしぼってくれているんだろうか、よくわからない。


「そもそもそれって本当のことなの? やっぱり信じられないんだけど」


 ひとり納得させたところで今度は千代田怜が疑問を投げかけてきた。

 本当のことなの? と問われても納得できる答えなど思いつくはずもない。


「怜、さっきの磯野は演技じゃなかったと思うよ」


 どう反論すべきか言いあぐねていたところで、竹内千尋が可愛らしい笑顔で擁護ようごしてくれた。


 たしかにあのときは、二つの記憶に面食らって取り乱していたんだから嘘じゃない。とはいえ、第三者が言いそえてくれないと説得力など皆無かいむなだけに、千尋の発言はとてもありがたかった。


 そう言われればそうだ、と千代田怜もまたに落ちたようだ。

 ここにいる面子のひととおりの疑問も収まり、安心しかけたそのとき――


 柳井さんが、つる一声ひとこえかわをかぶった悪魔のひと言を告げた。


「今の話が本当のことだとしたら、オカルト的に盛り上がってる場合じゃないな。一度医者に相談したほうがいいだろう」

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