02-04 だから期待してねえし

「そういえば柳井さん、さっきも映画同好会どうこうかいって」

「ああ。もともとこの部室は映研――映画研究会の部室だったんだが、人数不足で映画同好会に格下かくさげになって部室を取り上げられたんだ。ここが映画研究会の部室だったなんてよく知ってたな」

「いえ、その話はじめて聞きましたよ」


 映画同好会か。


 夢の中の話だとしても、なかなか良くできた設定じゃないか。たしかに現実の映研も部員はギリギリ四人だし、今年七年生の柳井さんが運悪く卒業することでもあれば、存続そんぞくはむずかしいだろう。いや、来年度にちゃんと新入生を確保できれば解決かいけつするのだが。


「磯野、映研のことは覚えてないだけで、過去のどっかで無意識に耳にしていたんじゃないかな?」


 腕を組み黙り込む柳井さんにかわって、竹内千尋が、いかにもあり得そうな仮説かせつげてきた。だが、夢の中のこととはいえそんな話覚えがないぞ。


「うんうん」


 話に混ざりいのか、ちばちゃんも健気けなげにうなずいた。

 ちばちゃんだけ現実の世界につれて帰れないだろうか。


「そうそう磯野の言っていた二つ記憶についてだけど、過去に有名になったオカルト話に似たものがあったよね」


 無邪気むじゃきに目をかがやかせた竹内千尋は、パソコンに向かってなにやら操作そうさしはじめた。


「たしか――小学校の記憶と並行へいこうして、原始時代げんしじだいみたいな世界の記憶が数年間あった話だったと思う」

「原始時代?」


 そりゃ与太話よたばなしにしたって、スケールが大き過ぎやしないか? けれども記憶が二つあるっていうのはそのとおりだし、気になるっちゃ気になる。


 俺は、千代田怜と霧島姉妹が占拠するソファを横切り、竹内千尋の背中越しにパソコン画面をのぞき込んだ。竹内千尋はすでに立ち上げられたブラウザに、次の語句ごく検索けんさくをかけていた。


『記憶 二つ』


 結果画面には検索にヒットした無数のページが箇条書かじょうがきとなって表示された。その中でもページのトップにある「記憶が二つあるんだが」と書かれたタイトルのスレッドが目についた。


 まさにドンピシャなタイトルだけど――


「これこれ。たしか二〇一一年あたりに話題になってたよね。なんでも小学生のころに事故にあったあと、気がついたら森の中で生活する原住民のような人たちに拾われて、数年間その人たちとすごしたってやつ。たしか、その世界は植物優位ゆういの世界なんじゃないか、とか盛り上がってたっけ」


 植物優位の世界? ……なんじゃそりゃ?


「……なんで、そんな突拍子とっびょうしもない話が盛り上がるんだよ」

「その森の中で数年間生活をしてやがて死ぬんだけど、そのあと普通に現実の世界で目覚めたんだって。そしたらその森で過ごしたぶんの年齢、たしか一九歳になっていて。けど、現実世界でのそれまでの記憶もちゃんとあって、二つの記憶に混乱したって話だよ」


 記憶が二つという点に関してだけは、いまの俺の状況と当てはまるが、そんな与太話がなんで当時盛り上がったんだ? 可能性があるとするなら、そいつの文章が人を引き込むくらい魅力的だったとかそういうことだろうけど。いやまて、これは夢の世界のことなんだからなんでもありだろ。そのうえで手がかりを探ればいい。


「森での生活は、植物を中心とした文明の生活だったらしいんだけど、そこで教わった文字が、ヴォイニッチ手稿しゅこうに書かれている文字と似ていて、当時話題になったんだ」

「ヴォイニッチシュコウ?」


 俺とちばちゃんは同時に首をかしげた。


 俺たちの疑問に答えるかのように、柳井さんが嬉々としてヴォイニッチ手稿の解説をはじめた。


「十四世紀ごろに書かれたといわれる謎の言語げんごをもちいた書物の写本しゃほんだ。二十世紀初頭しょとうに見つかって以来、現在に至るまで暗号マニアから学者や諜報機関ちょうほうきかんの暗号専門家など、その手の人々が挑戦ちょうせんしながらもいまだに解読かいどくには至っていない。著者に近代科学の先駆者せんくしゃロジャー・ベーコンの名が上がったり、エリザベス一世に寵愛ちょうあいされた魔術師ジョン・ディーが関わっていたともいわれているがさだかではない」

「なんだか難しそうですね、あはは」


 ぽかんとしながら聞いていたちばちゃんのさじを投げる一言。うん、きみはそれでいい。


「あ、ジョン・ディーって007の元ネタの人ですよね。彼のサインがたしか007になっているっていう」

「わたしも知ってるぞ。アンチャでそんなこと言ってた」

「榛名、アンチャってなーに?」

「お、竹内知らないのか? ゲームだよゲーム。『ハムナプトラ』とか『インディ・ジョーンズ』みたいな――」

「あ、お姉ちゃんがこのまえ遊んでたやつだよね! あの会話の面白いの!」

「へー」


 竹内千尋とちばちゃんの二人からあどけない顔を向けられた榛名は、得意になって『アンチャーテッド』三作目の解説をしだしたが、それにかまわず柳井さんは話を続けた。


「文章に法則性ほうそくせいはあるらしいが、高名な哲学教授や、二次大戦にて暗号解読に活躍したウィリアム・フリードマンなどが関わっても解読できなかった。結局、一般的な見解けんかいは、当時流行った貴族たちの古文書収集に対する売買ばいばい目的に作られた似非えせ古文書こもんじょ、いわゆるデタラメだと言われている。まあ、ヴォイニッチ手稿ばかり名前が挙がるが、それ以外にも解読されていない文字や暗号なんて世界に山ほどあるんだがな」


 うーん。ヴォイニッチなんちゃらはともかくとして、その二つの記憶の話はやはり胡散臭く感じるなあ。内容自体はデタラメでしかないのに、俺のいまの状況と似ているのが引っかかる。


「あ。思い出した! 確か……植物とはだかの女の人の絵が描かれているやつですよね」


 千代田怜がやけに嬉しそうに口を挟んできた。


「裸の女?」

「変態」

「ふざけんな」

「まあ、落書きみたいな絵だから期待しても無駄むだなんだけどねー」

「だから期待してねえし」

「……磯野さん」


 わざとらしく悲しそうな顔を向けてくるちばちゃん。きみも俺のことをいじるのか……。

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