02-03 それは本人に訊けよ

 地方の私大とはいえ、一万人近くの学生が通う大学の周辺に学生街がくせいがいがないのはいかがなものかと常日頃つねひごろから思っていたのだが、多くの学生及び教員の受け皿は、学内にある学生生協がくせいせいきょうと南門向かいのすぐそこにあるサンクスで間に合うということらしい。


 大学の目の前という最適さいてき立地りっちを長年獲得かくとくしているサンクス学園前店は、夏休みといえど昼時とあってなかなかに繁盛はんじょうしていた。


 俺は全国のコンビニが仕掛しかける行動心理学にもとづいた店内レイアウトにみちびかれながら、窓際まどぎわにある雑誌コーナーからドリンクの置いてある奥へと進もうとしたとき、とある週刊誌しゅうかんし見出みだしが目についた。


空前くうぜんの都市伝説ブーム! 聖地巡礼せいちじゅんれいとまちおこし助成金じょせいきんの闇!」


 オカルト現場を聖地よばわりするなよ。


 こっちの世界じゃ都市伝説やオカルトが盛り上がってるんだっけ。たしか数年前に都市伝説を題材だいざいにした深夜アニメが、文字通りカルト的に火がついたあとに都市伝説の現場におもむくのが流行はやって、いまや各地のゆるキャラまで作られたんだよな。


 だとしてもだ、この雑誌にってるテケテケのキーホルダーとかどう見ても悪趣味あくしゅみすぎるだろ。なにが流行るかわからない世の中とはいえ、この成熟せいじゅくしたネット社会でオカルトが盛り上がるとか、普通に考えれば相当そうとうにおかしいはずなのだが……。


 こんな夢を見ている俺が言えた義理ぎりはないか。大丈夫か俺の頭。


「大丈夫なの?」


 振りかえると、同じ週刊誌をひらいている千代田怜の横顔があった。


 コイツいつのに。おまえはしのびか。


「なんだ。心配してくれてたのか?」

「そんなわけないじゃない。アイスコーヒー買いに来ただけ」


 そう言って、千代田怜は週刊誌のページをめくる。


「まあ、みんなは心配してるけどねー」


 こっちの世界でも素直すなおじゃねーな。


 俺は手にしていた雑誌を戻し、ドリンクの棚からコカ・コーラのペットボトルを取りだしてレジにむかうと、千代田怜はすこし間をおいてから俺のうしろにならんだ。なんだかんだでお節介せっかいなヤツだ。


 まてよ。専門家ではないとはいえ、こういうオカルトめいたことはオカ研の連中なら食いついてくるんじゃないだろうか。


 真剣に考えてくれるかはひとまず置いとこう。


 そもそもそこらにいる常識人にいま俺が置かれている状況を相談しても、ろくに相手にされないのがオチだろう。それにこの世界には人間がいるんだ。ならあの無人の世界なんかよりずっとマシじゃないか。




千尋ちひろ、あまりに現実的な夢から覚めるにはどうしたらいい?」


 俺は部室に戻るやいなや、パソコンの前にいる竹内たけうち千尋にたずねる。


 竹内千尋は、いきなりの質問にキョトンとしていた。

 が、俺の質問がこのサークルの主題しゅだいであるオカルトの話題だと理解したらしい。脳内検索のうないけんさくが完了したのであろう、わずかの沈黙のあと、千尋はゆっくりと口をひらいた。


「現実的な夢って……明晰夢めいせきむのことだよね」

「メイセキム?」


 聞き慣れない言葉に、思わずオウム返しに口にでた。


 ふと手前てまえのソファを見ると、すでに部室にいる霧島千葉きりしまちは――ちばちゃんと目が合った。愛らしい笑顔でこちらに手を振ってくる。俺も反射的に手を振ってこたえてしまった。うん、かわいい。


頭脳明晰ずのうめいせきの明晰に夢で明晰夢めいせきむ。寝ている最中に、本人が夢だと気づく夢のことなんだけど、たいていの場合リアルな夢が多いんだよ」


 それだよそれ。こっちの竹内千尋はオカルト関係の造詣ぞうけいも深い。現実の千尋もいままで話題にしていないだけで、もしかしたら意外とオカルトにも詳しいのかもしれない。


 そして、この人も――


「なんだ磯野、明晰夢を見たのか?  明晰夢なら気づいた時点で目が覚めるだろ。明晰夢の状態を長い時間維持いじするのは、ある程度訓練くんれんしないとむずかしいはずだ」


 さすが柳井さん。だけどその話が本当なら、俺はすでにこれが夢だと気づいているわけだから、いまにも目覚めてもいいはずなのだが。


「けど会長、その明晰夢ってやつと、磯野のさっきの挙動不審きょどうふしんになんの関連かんれんがあるんだ?」と霧島榛名きりしまはるな

「それは本人にけよ……」

「だってわたしに驚いた顔をむけてきて、いきなりフルネームで呼ぶんだぜ。めっちゃ怖いじゃん」


 そう言うと、霧島榛名はまるで宇宙人でも見るかのような目で俺を見た。おまえは半分おもしろがっているだろ。


「で、さっきのはいったいなんだったんだ?」


 再度さいど投げかけられる榛名からの当然の質問。

 さてどう答えたものか。


 この状況が仮に夢だとしても「やっぱり磯野の頭おかしい」という理由でこの話題が中断されてしまっては、ろくな情報も引き出せない。情報収集を続けるならば、誰もが納得できるような言葉を慎重しんちょうに選ばなければならないだろう。


「実は今朝、その明晰夢? っぽい夢を見たんだ」


 俺はひと息おいてから口をひらいた。


「その夢だと、オカ研は、映画研究会というサークルになっていた。紛らわしいのは夢から覚めても、夢の中で見た映画研究会の世界の記憶……ええっと、生まれてからいままでの人生の記憶、って言ったほうがいいかな、それがいまだに頭の中に残っている」


 現実の世界である映研のある世界と、この夢のなかであろうオカ研世界をひっくり返して説明してみたが、我ながら悪くないのではないか?


 話を理解できないのか、ほうけた顔になる榛名にかわって、神妙しんみょうな顔になった柳井さんが食いついてきた。


「磯野、いま映画研究会と言ったか?」

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