01-10 なんで記憶が……二つあるんだ?
腰をついたままあたりを見まわす。けれども、深夜の住宅街の景色しか見つけられない。
「……気のせいだよ、気のせい……だよな?」
声を出してみる。
……そうだよ。この
心を無にしろ。俺は自分にそう言い聞かせる。
まずは、いま自分がおかれている状況を確認すべきだ。
俺は立ち上がり、もう一度周囲を見まわした。
いまいる場所が家の近くであることはわかった。
そもそもここは、コンビニからの帰り道。けれど、やはり一瞬前まで、俺は自宅で寝ていた気がしてならない。
ジーンズのポケットにあるスマホを取り出して時間をみる。
八月八日 午前二時三四分。
そうだよ、ふだんなら布団のなかにいる時間のはずなのに……。
俺は
翌日、起きた時間は、すでに十一時を過ぎていた。
昨日と同じ炎天下の中、真っ青な空に
昨晩の夢遊病的なあれはなんだったんだろう。
俺はなにかストレスでも抱えているんだろうか。自覚が無いってことは、無意識に溜まっていたストレスか。それって……この暑さ以外に思いつかん。
文化棟玄関前には、キャスケットの子はいなかった。
当然だよな。けれども、再会の期待がすこしはあったのかもしれない。
軽くため息をついている自分に気づいた。もし彼女がいたとしても、声をかける勇気があったかどうかはわからないが。
なにごともなく文化棟三階までたどり着き、なにごともなく部室のドアをあける。
「お疲れ様です」
「お疲れー」
「お疲れ」
「お、磯野か」
「よう」
いつものように挨拶を終え、いつものようにソファに腰かけようと――
って、あれ?
窓際の本棚ってあんなだったか?
映像編集用パソコン一回り小さくないか?
そもそも
……というか、
一人多くないか?
そいつの顔を見る。
ロングヘアに、いくら暑いとはいえタンクトップとショートパンツという
「おまえ誰だよ」
思わず口に出た。
「え? なんだよ、磯野。なにかの冗談か?」
女はからかっているのか、と言わんばかりの顔で俺を見た。
この女、俺のことを知っている?
けど俺は知らないぞ。それにこんな
「磯野どうしたの?」
「どうした?」
千代田怜と柳井さんが、立て続けに問いかけてくる。
いやいや、二人はこの女と
「だって、うちの部員でもない女がいるんですよ? 再撮でキャストでも増やしたんですか?」
自分で口にしてみてそれなりにしっくりくる。
そうだよ。再撮影のために演劇研究会から人を借りてきたとか、どっかから連れてきたというのなら、このモデルにもなれそうな美人がいることにも納得はいく。
ところが、千代田怜と柳井さんのリアクションは、一番腑に落ちるであろう俺の仮説を否定した。
「え?」
「再撮? キャスト?」
おい、おまえら全員で俺をからかっているのか?
この女の存在どころか、サークルの存在意義にすら疑問を投げかけてきやがった。
さらに追い打ちをかけて、
「うちのサークルに映画
タンクトップの女がわけのわからないことを言い放った。
映画――同好会?
「取材もなにもうちは映――」
突然の違和感。
「なあ磯野、そろそろ冗談やめにしないか?」
なかば呆れ気味のタンクトップの女。
このなんとも言えない違和感はなんだ?
それでも「そっちこそ誰なんだ?」と言いかえしてから、
――この女が誰であるかわかった。
というより、俺の頭の中にこのタンクトップの女に関する記憶が、フラッシュバックのようによみがえったと言ったほうが正しい。
「……知ってる……おまえは、
「お? おう」
そう、こいつはちばちゃんの姉で――
ちばちゃん?
「ちょっと磯野、ホントに大丈夫なの?」
ふだんは馬鹿にしてくる千代田怜も、今回ばかりは心配して声をかけてきた。
柳井さんも「まあ、ソファにでも座っていったん落ち着け」と
だがそのあいだも、俺の頭のなかで霧島榛名の記憶がどんどんよみがえる。
そう、榛名とちばちゃんは二人ともうちのサークルに所属している。……ちょうど一年前、去年の夏に一緒に入部してきた記憶。
いや、それよりもそもそもこのサークルは――
俺は、ゆっくりと後ずさりして廊下へと出た。
部室の表札に目をやる。
表札がやけに新しい。だがそんなことより表札に書かれている名前がちがう。表札には、
――オカルト研究会
と書かれていた。
その名前を見た瞬間、俺の頭のなかで、オカルト研究会だけでなく、それ以前の、生まれてから現在に至るまでの記憶が、
俺の頭のなかに記憶が蘇っていくそのさまは、もとの世界――映画研究会の世界――の記憶を塗り替えていくのではなく、もともとあった記憶という名の人生のレールに
映研研究会の世界と、オカルト研究会の世界――それぞれ現在に至るまでの二つの人生を、同時に歩んできたかのように。
一秒、一秒と蘇り、並列する二つの記憶とは裏腹に、いまにも爆発しそうなおのれの感情の
「なんで記憶が……二つあるんだ?」
01.八月七日 END
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