01-06 異常なのはこの世界のほうだ
そんな感覚に襲われている目の前で、俺の視線の先に気づいたのか、ちばちゃんは
「さっき館内をまわっていたと言っていたけど、うちのほかにどのサークルを見てきたんだ?」
柳井さんの問いに、青葉綾乃は指を
「えーと、文学会に、SF研究会に美術研究会……模型研究会に、サバイバル……」
「サバイバルゲーム館、サバ館だな。やけにマニアックなサークルが多いな」
「あと四階のオカルト部です」
「オカルト部って、むかし柳井さん入ってましたよね」
「え? ああ」
ダメだ。この眩暈はいつまでつづくんだ?
俺は立ち上がってドアをあけた。
「磯野どこいくの? 顔色悪いよ」
「ちょっと飲み物買ってくる」
千代田怜の言葉を背に、俺は部室から抜け出した。
文化棟と大学図書館を渡す廊下の
俺は廊下で立ち話をしている二人の学生を
ベンチに座る前に飲み物は買っておくべきか。一度座ってしまったら動けなくなりそうだ。
俺は財布から一四〇円を取り出した。ふだんなら迷うことなくコーラを選ぶところだが、いまはそんな気分とは
眩暈はさっぱり治まらない。
あのノートを見た直後だったよな。
俺はペットボトルのキャップをあけてお茶を一口飲んだあと、なるべく下を見ないように、午後の日が差す廊下の窓を見つめた。
さっきノートを見たときの、妙に引っかかるあの感じはなんだったんだろう。ちばちゃんの鞄にあった汚れたノート。なんの
そういえば俺が大学ノートを見たときに向けてきたちばちゃんのあの表情。あれは、さっきの絶望とは違う種類のこわばった顔だったよな。
「前にどこかで会ったことがあるのか? もしそうだとしたら、なんで俺を見てあんな顔をする?」
そうぼそりと口にして目線を落とすと、ちょうど腕時計が視界に入った。
――目に映るものの色がやけに
不思議に感じて一四時二四分を指すG-SHOCKから顔を上げると、
試しにまばたきをしてみたが、治らない。
俺はあたりを見まわそうとしたが、身動きすることを
空気が動くことでこの世界がドミノのように崩れていくような予感。
……そういえば、音が無い。
いや、その表現は正確ではない。
俺の口から発する呼吸音や心臓の
まずは落ち着け、深呼吸だ。
この呼吸もまた、周囲の無音によってやけに大きく聞こえてくる。
しばらくその場でじっとしていたが視覚も聴覚も元には戻らない。
これは大人しく病院にでも行ったほうがいいのかもしれない。とりあえず、鞄を取りに部室へ戻ろう。だが、動いても大丈夫だろうか。
意を決して、ゆっくりとゆっくりと文化棟のほうへ顔をむけた。
よし。思ったより視界は揺れない。大丈夫だ。
思い切って腰を上げてみた。
やはり揺れない。いつの間にか眩暈は治っていたらしい。
それならばと一歩足を踏み出したとき、カーンという足音がこの無音の空間をどこまでも
――そう、俺の生み出す足音だけが世界に響いた。
この足音を聴いてはじめて気づいた。
俺の視覚と聴覚が異常なんじゃない。
――異常なのはこの世界のほうだ。
いままで聞こえていた呼吸や心臓音などの
もしそうだとしたら、俺は
――みんなは?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます