01-05 おまえら本当に友達なのか?

「ちばさんはどんな本書くの? ジャンルとかは? いま書いているものとかある? それとも二次創作メイン?」


 千尋よ。おまえはそういうやつだよな。

 だがな、ちばちゃんはもはや怯えたうさぎ以上にうろたえているぞ。顔真っ赤だし。


 少女のような青年が本物の美少女に言いよるその様子は、眺めるには悪いものではなかったが、ちばちゃんにとってはたまったものではない。


 見るに見かねて柳井さんが話の流れをかえた。


「今日ここにきたってことは、受験はそのままうちの大学を受けるってこと?」

「いえ、そういうことでもなくて……」


 青葉綾乃は、歯切はぎれの悪い返事をしながらちばちゃんを見た。


「うーん。二人は何年生なの?」

「わたしもちばちゃんも二年生です」

「てことは二人とも十七歳?」

「若いな」


 ふと気配けはいを感じて横を見ると、千代田怜(二十歳)の殺意さついのこもった視線しせんが俺をしてきた。


 これはいかん。たたられてしまう。


 柳井さんもまた、俺の言葉につられて比較対象ひかくたいしょうに目を向けたが、俺と同様どうよう殺意の波動はどうによって返りちにあっていた。


 仕方なく女子高生たちに視線を戻すと、思いがけずちばちゃんと目が合った。ちばちゃんは、あわてて目をそらして、小さくなってうつむく。


 うーむ……かわいい。

 とはいえ彼女の顔を見つめているわけにもいかず、俺もまた彼女を視界しかいからはずそうとしたとき、胸のあたりで釘づけになってしまった。


 怜より大きいぞ、この子。


「ちばちゃんも書いてる小説の話とかしてみようよ。わたしだけ話しててもしょうがないし」


 そらしたはずの話題をさりげなく戻し、心配顔で傷口きずぐちをえぐるという愛情あふれる気づかいをする青葉綾乃。それに絵に描いたような困り顔を向けるちばちゃん。


 なかなか味わいのある表情ひょうじょうだな。この子は意外と言語外げんごがいコミュニケーションが豊かなのかもしれない。


「ほら。いま書いているお話でも見せたら?」


 ちばちゃんはさおになってしまった。

 青葉綾乃という子は、多分、そういう界隈かいわい無縁むえんで、しかも人びとの良心りょうしんを信じ切っているからこそなのであろう。いま起こっている事態は、彼女の無邪気な善意ぜんいをフル稼働かどうさせてしまった結果であった。


 二人をのぞいたこの場にいる全員が、いたたまれないと感じているのは間違いない。……いや、竹内千尋だけはなにも考えてないのかもしれない。

 だが悲しいかな、そんなことを俺ものたまいながらも、すでに彫像ちょうぞうした小動物の執筆物しっぴつぶつへの興味が、気の毒に思う気持ちをはるかに上回うわまわってしまった。


 世界は残酷ざんこくである。


「お」

「見たい見たい」

「あ……あの……」

「おお」

「ちばちゃんがしゃべった」

「すげえ」


 はじめて声を聞き、感動に襲われる我々映研メンバー。

 だが、一方の青葉綾乃は「ほら、かばんからノート出しなって」と冷徹れいてつに、容赦ようしゃ無くちばちゃんの鞄からノートを引っぱり出そうとする。鬼か!

 ちばちゃんは文字どおり涙目になって必死にその手をつかみ、「最後の戦い」をこころみた。リュック・ベッソンである。


「まあ……嫌がってるみたいだから、別にいいんじゃない?」


 さすがに千代田怜が助け船を出した。

 青葉綾乃は少し不満げになりながらも、年輩ねんぱいの言葉にあきらめて手を止めた。


 ……おまえら本当に友達なのか?


 半ば泣き顔のちばちゃんは、青葉綾乃からノートをうばい返し、凌辱りんじょくのあとのような鞄のなかを必死になって整える。


 と、俺はちばちゃんの鞄の中に、やけに汚れた大学ノートがあることに気づいた。それは古びたかのように色褪いろあせている。


 なんだろう、みょうに引っかかる。


 ――そのとき、世界がれた。

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