01-03 また演技できてよかったじゃない

「今朝、部室にきたら、データが消えてたんだよ」

「え、千尋、データってなんのデータ?」

九月祭くがつさい上映用の映画の撮影データ」


 九月祭とは、うちの大学の学校祭のこと……って、


「は? あの三日かけたやつか?」

「あの日は暑かったよね」

「……ああ、三十度越えはきつかったよな。もう二度と……って!」

「とは言っても、ごく一部なんだけどね」

「いやいやいやいや、なんで消えたんだよ」

「SDカードのデータはちゃんとパソコンに移したはずなんだよ。でも、どのドライブにも見当たらないんだ」

「…………で?」

編集へんしゅうしているあいだに、なにかの加減かげんでデータを消しちゃったかも」

「……ご冗談でしょう、竹内さん」

「ごめんね。けど僕も柳井やないさんもデータの行方ゆくえが思いあたらないんだ。ファイル名も拡張子かくちょうしいじった覚えはないし。とりあえず、最近消したデータの復元をしてみてるんだけどね」


 ……おいおい、もう一度あの撮影をやれって言うのか?

 ちなみに柳井さんはうちの会長。


 千代田怜はアイスコーヒーにストローを通して、他人事たにんごとのようにたずねた。


「ねえ千尋。このままデータが見つからなかったらどうするの?」

「やっぱり素材そざいがないと成り立たないから、再撮さいさつの可能性はあるかな」

「ふーん」

「けど学校祭の九月一九日まで一ヶ月以上あるし大丈夫だよ」


 竹内千尋はジャイアントコーンを頬張ほおばりながら、無邪気むじゃきな笑顔を向けてきた。……まったく、そんな顔して、どうせ撮りなおせばもっといいになるとか考えてるんだろ。


「また演技できてよかったじゃない」

「そうそう。磯野の演技は悪くなかったよ」

「やめてくれ。あと怜、そのゲス顔やめろ」

「ところで柳井さんは?」

文化ぶんか協議会きょうぎかいに機材を押さえにいってもらってる」


 もう再撮影さいさつえい前提なのかよ。そりゃ……まあ、そうだよな。


「買ってきたスーパーカップ溶けちゃうじゃない」

「すぐ戻ってくるよ」

「……怜、俺のぶんは?」

「あるわけないでしょ」

「なんだ。磯野も来てたのか」


 ガチャリという音とともに柳井さんが戻ってきた。

 ボサボサ頭の柳井さんは、長袖ながそでのワイシャツを腕まくりしてジェラルミンせいのカメラケースを右肩にかけ、もう一方の肩にはビデオカメラ用の三脚さんきゃくかついでいた。

 俺は、柳井さんから三脚とカメラケースを受け取った。


「カメラ借りられたんですか」

「話は聞いたか。とりあえず八月中に撮影機材を使うサークルはないらしい。不幸中の幸いってやつだ」


 柳井さんは、かけていた丸眼鏡を外してシャツのすそく。


「データはダメそうか?」

「難しいですね」

「柳井さん、やっぱり再撮しなきゃダメですか?」

「仕方ないだろうな」


 俺の心中しんちゅうさっしたらしく、柳井さんは苦笑にがわらいを浮かべた。

 あ、はい。そうですよね。わかってますよ再撮影付き合いますよ。


「柳井さん。スーパーカップ」

「お、悪いな」


 柳井さんは、スーパーカップのふたを開けながらぼそりと言う。


「あとで演研にもう一度出演のお願いをしに行かんとな……」


 コンコンと、部室のドアをノックする音が聞こえた。


「はーい。どうぞ」


 千代田怜の猫なで声からワンテンポあったあと、ゆっくりとドアがひらいた。


 ドアの隙間すきまから、二人の女子高生がこちらをのぞいてくる。

 怜は軽く首をかたむけてドアのさきを見たあと、廊下へと出た。


「あの制服、となりの付属ふぞく高校の生徒じゃないか?」

「制服ってことは、高校は夏休み終わってるんですかね」

「あと十日くらいはあるんじゃないか? 夏期かき講習こうしゅうかなにかだろう」

「それでも高校はあと十日ですか。夏休み終わるの早いですね」

「大学が長すぎるんだよ」

「俺らの場合、実質じっしつ九月祭の三日間が終わってからですもんね。後期こうき


 話が終わったのか、千代田怜は部室に戻ってきて女子高生たちに手招てまねきした。


 ドアの奥から顔を出した女子高生の一人、すこし気の強そうな印象のポニーテールが口をひらく。


「あの……ちょっ見学してみようかと思って」

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