第11話 聖暦383 新兵器が完成実用化、敵国の首都を撃つ。

 黒羽根少女の能力をコピーしたアイドル人工精霊・天使が完成し、早速実用化された。


 天使は王都の空を舞いながら、国家の発展やさらなる高みを目指す為に戦いましょうと涼やかな声で訴える。

 天使は様々な武器を使いこなすことができた。剣に弓矢に槍に盾。銃器に爆弾、火炎放射器。こちらの国から大陸の国の首都を狙える大砲だって。しかもそれを実体化することも出来た。

 国民が鏡を通じて‶天使″を応援し、魔力を送り込んでくれれば。


 

 もうこの世界のこの国から逃れたジウの手掛けたアイドルグループたちが語尾に♡をつけながら、天使を応援するように呼び掛ける。天使は皆さんの代わりに戦ってこの戦争に勝利をもたらします♡と。



 チタはそんな様子に見向きもしないで鏡を睨み続けていた。


 すえたアパートにい続けるチタに呆れた王子が自分の権限で空いている家敷にチタを放り込んだが、その引っ越し作業中にチタは暴れて作業員にけがを負わせた。ちなみにその屋敷はかつてカフェでチタを侮辱した紳士の持ち物であり、その紳士は数年前に身に覚えのないテロを企てた容疑で強制収容所に入れられた挙句野卑な看守に目を点けられていじめられたことを苦に自ら死を選び取っていたが、まあチタのあずかり知らぬ出来事であった。



「やれやれ、あの可愛らしいお嬢さんがまるで見る影もないじゃないか」


 幽鬼のようになったチタを見かねたのか、ある時王子がチタのいる家敷に訪れた。その背後には数人の使用人がいる。


「たまには君も陽の光を浴び、おしゃれをしておいしいものを食べなきゃだめだよ。来なさい」

「嫌です」

「ダメだよ。来るんだ」


 王子の声合わせて、黒い服をきた使用人たちが動き出す。暴れるチタを魔法を使って拘束し、無理やり屋敷の外へ連れ出した。

 王子はチタをまずサロンに放り込むと汚れた体を磨き上げ、髪を整え、その次に高級ブティックで戦時中に似つかわしくないドレスをあつらえる。病み衰えたチタもなんとかお嬢さんと呼ばれるラインの最底辺には立てるあたりに仕立て上げられる。そのことになんの感慨もない。



「ちょっと君に会わせたい子がいてねえ。君も知っている子だよ」

 蒸気自動車の後部座席に王子と並んで座ったチタは、その声が耳に届いたことだけを確認していた。チタの頭には無くなった2017年のことしかない。



 連れていかれた場所は高級レストランの個室だ。

 そこにはすでに一人の客がいて、この戦時中どこにあったといわんばかりなごちそうにすでに手を付けていた。肉をかじりスープをすすっている。

 その有様をみて、王子がふうっと息を吐く。


「……どうして先生は君にテーブルマナーを仕込まなかったのかなあ?」

「収容所じゃこんなうまい飯は食えねえ。食えるうちに食わなきゃあよ」


 その野卑な口調を耳にして、チタの感情が蘇り堰を切る。

 ソースやスープで顔を汚したのは、あの牡羊のような角を持つ異種族の子供だ。前にあった時より髪がやや伸び、身長が少し伸びている。そんな些細な変化はどうでもいい。チタは子供をみるなり叫び声をあげてとびかかる。


「返せ! 私がいたあの世界を返せ!」

「あん?」

 子供はうるさそうに一瞥すると、チタをまた殴りつけた。しかしチタの酷いありさまをみて多少手加減をしたらしい。以前ほどは痛くない。


「……んだあ? あんときのバカな転生人の小娘か。ひっでえありさまになっちまいやがってまあ。だから鏡なんていじくるのをよしとけばよかったんだ」


 ふんっと鼻を鳴らしたあと、ひとしきり腹を満たした子供は椅子の上にふんぞり返った。


「で、おれを豚箱から出した後今度は強制収容所にほりこみなさった王子様はよ、今度は一体どういった御用ですかい?」


「人聞きが悪いねえ。君を連行したのは警察だよ? 僕じゃない」

「屁理屈のうめえ王子様だ」


 ペッと子供はつばを吐いた。

 王子の使用人がチタを椅子に座らせる。レストランの給仕がチタの前の美しい前菜を運ぶ。しかし食べる気がしない。固形物をまともに受け付けない体になって久しかった。


「何、簡単なお仕事の話だよ。君たちに新たな人工精霊を作り上げて欲しいんだ。今の天使よりずっと高性能で愛らしい人工精霊さ」

「しょうもねえ!」


 子供が吐き捨てた。


「黒羽根少女が敵国に出現したという情報が入ってね、あれの目的は僕とこの国に不幸をもたらすことだ。あれとうちの天使の能力は互角だろ?」

「ちげえな、あの白いやつは黒いやつの所詮ニセモンだ。殴り合いさせりゃあ勝つのは本体の黒い方だ」


 かぎづめの生えた脚をテーブルに乗せて、子供は告げる。

 王子は口元に笑みを浮かべる。しかし目は笑っていない。


「ドラ、君の現状分析には参ったよ。うちの軍の参謀に欲しいね」

「適当こくんじゃねえ。おれみたいな異種族が今の軍に入れっかよ。また適当な嘘ぶちあげておれをだまそうったってそうはいかねえ」


 ははは、これは参ったなあ。王子は嘘くさく笑った。

 チタは子供の名前がドラということをこの時初めて知る。ドラゴンのドラだろうか、爬虫類のような両脚を見てふと思う。



「チタ、君はどうだい? ドラとくんで新しい人工精霊を開発してくれるかい?」

 チタはとなりにいるドラを見る。ドラはチタには興味はないのか手の爪で歯に挟まった肉の筋をほじくろうとしていた。汚い子だ。こんな子と一緒にいたくない。


 それに自分はそんなことに時間を費やしていたくない。なくなった2017年を探したいのだ。

 ……そうだ、とチタの頭にある条件がひらめいた。


「この子が、私の前世の世界を見つけてくれたら協力します?」

「はぁあ?」


 ガタン、と椅子をひっくり返さんばかりの勢いでドラは立ち上がった。


「おめえまーだあの銀色の木の枝のことを根に持ってんのか! バカか⁉ あんなもんもうどこにもねえに決まってんだろ!」

「うるさい! 勝手に決めつけるな! お前らが実体化した鏡の向こうの世界のどこかにあるはずなんだ! 責任もって探せ!」


 激昂するチタを王子がなだめた。


「ドラ、きみにとってはたやすいことだろ? チタのいう条件をのんでやってくれないか? 君は確かに魔法の腕には秀でているけれど、デザイナーとしてのセンスには欠けるようだからね。美しく愛らしい人工精霊を作るにはどうしてもチタの手が必要なんだ。僕としては仲良くしてほしい」

「やなこった」


 ドラははねつけた。


「君は、この世界の存続を願っているんだろ? 先生の遺志を引き継いでさ?」

「お師匠っしょさんが願ってらしたのはこのがあり続けることだ。おめえが収めるこの国がしつこく居座ることじゃねえ。誤解すんな」


 ぺっとドラは床につばを吐き、立ち上がる。


「そんな気色悪い計画に協力するくれえなら強制収容所で穴掘ってた方がマシだ」

「そんなこと言ってもいいのかい? 穴掘りよりもっと過酷な労働に従事する羽目になるかもしれないんだよ?」


 王子の目がぎらりと輝く。


「君のことは極めて貴重なサンプルだという生態学者もいるんだ。実験動物になりたくないならチタの出す条件を飲みたまえ」


 チタと王子の付き合いは長い。そんな中初めて王子のむき出しの姿を見た思いがする。

 しかしチタはドラが自分の出した条件をのむかどうかにしか関心はなかった。

 ドラはこの場で一番強力な魔法を操ることができる。それは間違いない。自分であの2017年が見つけられない以上、ドラに縋るよりほかはない。そもそもあの枝をむしったのはドラだ。ドラが責任を取らねばならない。


 チタの睨むような視線を無視し、ドラは王子に尋ねた。


「なあ王子さんよ。なんでおめえは異世界のトンネルをあけるだ、外国と戦争をおっぱじめるだ、異種族を全員強制収容所にぶちこむだ、わけのわかんねえことをしやがる?」

「決まってるだろ? 我が国のさらなる発展と飛躍のためさ。界壁越境トンネルが開通すればこちらの世界に科学技術も入るからね。きっと我が国の近代魔法と融合して他国に先んじる技術を得ることができるはずだよ?」


 王子はどこか陶酔した口調で語りだす。


「そして僕の名前は永遠に歴史にのこるってわけさ。戦争に勝利し、異世界と交流た最初の王として」

「おもしれえことを言う」

 

 フンっとドラは鼻で笑った。


「おめえの名前なんざのこりゃしねえよ。この国と一緒に消えっちまうんだ」

「……そりゃあ、僕はある面では暴君でもあったからね、功績ばかりたたえられはしないと思うよ? 悪名を後世に伝えられるかもしれない」


「わからねえやつだな、悪名だろうがいい名前だろうが、お前の名前はのこりゃしねえって言ってるんだ。いいか、この国はなあ、このままいくと影も形もきれーさっぱりな~んも残さず消えちまうっていってんだよこっちは! バーカっ!」


 ドラは言い捨てて立ち上がった。

 そのままドアへすたすた歩いてゆく。


「あのなあ、王子さんよ。母ちゃんが言ってたおれの名前の由来教えてやるわ。おれの名前はカサンドラっつうんだ。正しい予言を信じてもだ~れにも信じてもらえなかったっつう異世界の神話に出てくる陰気な女の名前だ。その意味よ~く噛みしめとけ」


 襲いかかろうとした使用人を片腕で薙ぎ払い、ドラはゆうゆうと部屋から出ていく。


 捕らえますか? という使用人のささやきに王子は放っとけと返した。


「……やれやれ」

 王子は息を吐いてから、残されたチタに微笑みかけた。

「新しい仕事に取り掛かれば君も元気を取り戻すかと思ったんだけど……すまないね。ドラは僕が想像していたよりじゃじゃ馬さんだ」


 かさんどら、と、チタは無意味にその名前を繰り返した。


「あの子、女の子だったんですね」

「えっ、驚くところそこ? ……まあ無理もないか」



 なんにせよ、チタはドラに自分のいた2017年を探してもらう望みは絶たれた。そうなった以上、自分でやはり鏡とにらめっこをする毎日に戻らざるを得なくなる。


 ドラに自分の名前は残らないと予言された恐怖からか、傀儡政党をあやつる王子は建国何年を記念する巨大な大理石製モニュメントを建設しようというプロジェクトを立ち上げた。モニュメントには第一転生王含む英雄たちの名前とともに王子の名前が一番大きく刻まれるというものだった。作業員には強制収容所の囚人たちが充てられる。


 国民の人気をほしいままにしていた王子だったが、この計画を発表してから一気にそれがヘイトへと転じる。戦争への負担、それまで仲良くしていた異種族の民が逮捕されるという恐怖に社会不安が王子への反発に変化する。


 こうして戦争のさなかレジスタンスと国防軍の内戦まで勃発し、国内はいよいよ荒れ果てる。

 数年後に王子は暗殺され、王宮の窓から逆さに吊り下げられたが、実行犯は警察によって強制収容所へ速やかに連行され、国の実権は王子の傀儡政権が変わらず掌握し続けた。

 首相には王子ほどの人気はなく、人工精霊のアイドルに国民を扇動させるといった突拍子もないアイディアを思いつくような所もない凡庸な人間だったために、権力欲を思うさま充足させた。異種族差別主義者だったことがさらに悲劇を招いた。


 国は混乱し、疲弊し、亡命者は増えた。

 難民が押し寄せる為界壁越境トンネルは無期限で封鎖される。



 その間チタは、屋敷に引きこもってじっと鏡の中を探し続けた。

 時々、王子を殺して逆さづりにしたレジスタンスのメンバーがチタの住む家敷に潜入しようとしたが、鏡をのぞきこんで消えた異世界を探し続けるチタをみるとぎゃっと悲鳴をあげて引き返していった。

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