第8話 聖暦379 海の向こうの某国と某国が衝突。

 同居を解消したジウは、美男美女たちを集めたグループを組織していた。

 

 ジウの手掛けるエンターテイメントは、これまで毒々しい笑いと時にはうっすら時にはあくどく漂う色気が特徴だったが、この年立ち上げたプロジェクトはそれまでとは趣が異なり世間をあっと驚かせる。


 スタイルがよく、見目麗しく、知性的な美少年と美少女が素敵な制服に身を包み、歌い踊っている。彼らが放つメッセージは国の発展、そして世界を一つにというメッセージ。

 最大の特徴はメンバーに異種族の民はおらず、純人類のみで構成されていたことだろうか。うわさによると、旧七氏族など古い魔法使いの血を引く一族の者はそれだけで排除されたという。


 日頃、ジウの手掛けるどぎついエンターテイメントを嫌う層には受け入れられ、また「あの無個性な様が気持ち悪い」「異種族のメンバーがいないのは差別ではないか」と反発を呼びもした。


 ジウはそれらの問いかけに、体の線を浮かび上がらせるミリタリー調スーツ姿であでやかに微笑みながら答えるのだった。


「様々な反応は私も耳にしています。ですが皆さまの目には入りません? この子たちのグループに熱狂する若者たちの姿が? 私が異種族を差別? ご冗談を。私には異種族の友が何人いるとお思いなんですの?」


 豊かな髪をまとめてきっちり結い上げてメガネを合わせたミリタリー調ジウには核心をはぐらかす慇懃無礼な口調がよく似合った。


 どれだけ高笑いでごまかそうと、ジウがパトロンである王子の厳命でこのグループを組織したことはこの世界の芸能通であればうすうす感づくことだった。


 王子が鏡を通じて、大陸の向こうの国へのバッシングを始めていること。古い魔法を使う派閥や鏡を異様に恐れる異種族を遠回しに「劣った種族」という印象を与えようとしていること、それに気づかないものがいないわけがない。特に異種族のあいだから強い反王子声があがるようになる。


 ジウの作り上げたそのアイドルグループはあまりに王子の意向に沿いすぎているというわけだ。



 世間はどうにもこうにもきな臭い。国王の体調がいよいよ思わしくなく、不景気は長引き戦争の気配まである。


 チタはしかしそれどころではなかった。まだ‶エミリ″の機能停止呪文が見つけられないのだ。

 

 アカデミー、図書館、博物館、様々な施設にかよって転生人の文化について記した文献にあたる。しかしジウがあの時口ずさんだ戯れ歌の歌詞は見当たらない。


「? 『家に帰ったらいたずらFAX30メートル』? なんだいそれ、暗号?」

 

 チタよりずーっと異世界の文化にくわしいリッツァーですらこの反応だ。


「暗号じゃないわ、ジウが口ずさんでいた前世のヒットソングなの! 多分96~97年くらいの! ねえ、わからないのリッツァー?」

「うーん、時期的にはコムロテツヤが活躍していた頃だなあ。しかし歌詞が彼が手掛けていたものらしくないし……うーん……」

 

 リッツァーは自分の持っている資料や文献をひっくり返す。


「うーん……。正直、ジウのフォローしている文化はかなり隔たっていて、ほかの転生人の記憶との共有領域が少なすぎるんだよね……。それでこそサンプルとして貴重だったわけだけど。それ、本当に異世界のヒットソングなの? 酔っ払ったジウが適当に作った歌じゃなくて」

「分からないわよ! でもジウが前世で好きだった歌だって信じたいの! そうでなきゃ困るの!」


 チタはリッツァーの胸をこぶしでポカポカ叩いた。以前ならチタのこういう仕草を笑ってあやしていたリッツァーだが、最近はあからさまに持て余している。それがわかるのでチタとしては余計にむしゃくしゃしてしまい、「もういい!」と叫んで今二人で暮らしている部屋を飛び出す。

 ‶エミリ″の呪文の一件があって以来、そんな毎日の繰り返しだ。

 

 もし‶エミリ″があの悪い魔法にかかってしまえばうちの会社の信用は台無しになる。自分は不完全な人工精霊を世に送り出してしまったことになる。


「‶エミリ″はわが社の粋を凝らして制作した人工精霊です。彼女自身が戦って魔法をはねのけます。‶エミリ″自身が感染することはあり得ません」

  

 技師は自信満々に宣言したが、虚像の人工精霊が人を撃ち殺すというありえない光景を目の当たりにしてまだそんなことをいうのはこの口か! とどやしつけたくなるだけだった。

 

  街にでればジウのプロデュースした制服のアイドルグループが嘘くさいキラキラした歌が街頭ビジョンから垂れ流されてうんざりだ。なにが「高みをめざそう」「さらなる次元へ」だ、胡散くさあ。

 チタの胸にはリッツァーがジウを「サンプルとして貴重」と評していたことが引っかかっていた。もちろん、リッツァーの研究にとって貴重という意味ではることはわかる。だけど、ささくれだった心はそんな風になかなか素直に解釈できないのだ。



 さまよう街は変わらず鏡からの映像で満たされている。今空を飛ぶのは様々な商品やタレントの売り込みなどのコマーシャルにニュースばかりだ。今はもう、空を飛ぶものはいない。人工精霊の妨げになるので飛行は全面的に禁止されたのだ。

 法律が施行されるとメッセンジャーや宅配業、果ては下働きとして働いている異種族たちから非難が寄せられたが、すぐに封じられた。


 いつものカフェのいつもの席で通りを眺めながら甘い飲み物を飲む。そうすれば気持ちがいくらか落ち着くかと思ったが全くそんな様子はない。

 それどころか通りの外から、あの鏡は悪魔の国へ通じているから仕様をやめよと訴えるカルト宗教の演説が始まってしまった。幸いすぐさま特殊警察の車が駆け付け、異種族の首謀者が迅速に逮捕されていったが。


「最近、異種族の逮捕が続きますね」

 チタに飲み物のお代わりを届けてきたギャルソンが話しかけてきた。この店のギャルソンらしい、見た目の整った純人類の青年だった。時々チタの接客を買って出るが、自分の容貌をよく理解していて自信満々に接してくる時があるのが気になっていた。


「まあ、しかたありませんよね。あいつら、近代魔法が理解できな劣勢魔法種族ですから」

「……あなたの同僚に異種族の子がいたじゃない」

 

 もう二度とこの店は利用すまいと決意しながらチタは言い返した。


「ああ、あいつなら辞めましたよ。オーナーが異種族の店員は雇わない方針に切り替えたんで。あいつらの古くて悪い魔法が災いを招くかもしれませんので」

「あらそう、私はあの子が好きだったんだけど。貴方みたいにペラペラおしゃべりもしなくて好ましかったわ」


 ギャルソンが鼻白むのを見届けてから、チタは席を立った。


 

 制服のアイドルグループの歌が街に響き渡る中、妙な都市伝説が若者層を中心にかけめぐる。

 

 鏡の動作不良をおこしていたのは黒羽根少女と呼ばれる人工精霊が成す悪事であるというものだ。

 名前の通りに黒い羽根と黒いドレスを纏った人工精霊の少女で、ギーチの殺害も実はこの少女がかけた悪い魔法の仕業によるというもの。その正体は、実は鏡のかなたの悪魔の国からやってきた王女であるという荒唐無稽なものだ。


 黒羽根少女は鏡から鏡へ移動することができる。

 黒羽根少女はその不思議な悪魔の力で現実にいる人間を殺すことができる(ギーチのように)。

 黒羽根少女はこの世界の不吉な未来を知っている。

 黒羽根少女は人間を鏡の世界へひきずりこんで閉じ込める。

 

 

 この国でもどこか不吉な影を漂わせた噂話は若者たちの心を引き付けるとみて瞬く間に世間に広まった。

 奇妙な猟奇事件が起きれば黒羽根少女の仕業と語られ、学校でいじめられている子供たちは黒羽根少女に「いじめっ子を殺してください」と願をかける(それが全国的に流行して社会問題に)。


 この世界を逃れて鏡の中で暮らしたいと夢みるものが増えたのもこの頃だ。

 鏡の中に激突して大けがをする者、「何時何分に命をたてば鏡の中へ移動できる」という全く愚かなおまじないを実行して命を落とすもの。自分を人工精霊にしてくれと訴えかける若者が鏡の制作会社に訪れてチタたちを困らせる。


 黒羽根少女に「自分を鏡の中へ連れて行ってくれ」と願掛けする流行まで生まれるまでそう時間はかからなかった。


 鏡の向こうに悪魔の国なんてない。鏡は鏡、銀幕を張り付けたただのガラス。

 チタの作り出した鏡はそこからスタートしているのに、どうしてまた鏡の向こうには異世界があるなんて思想が復活しているのだろう。


 

 そのころはまだかろうじて息をしていた保守系メディアは、若者のそんな風潮を嘆かわしいと批判していた。

 そしてそれも、転生人の小娘が悪しき魔法を復活させて現実に悪魔の国を招き入れたからだと批判する。


 王子はのメディアは「鏡の国に異世界があるわけなどない」と一笑に付し、黒羽根少女や鏡の中の異世界へ移動するおまじないなど昨今の噂の流行に釘をさすのだった。



 チタ自身としては、そんな噂の怪人が実在するならばぜひともその魔法を教えてもらいたいという気持ちでいっぱいになる。

 王子にせっつかれているというのに、虚像を実体化する魔法の手がかりが得られないからだ。‶エミリ″の機能停止呪文だってまだわからないのに。



 博物館から緊急の連絡が入ったのはそんな時期だった。リッツァーが珍しく焦っているのでチタも急いで技師を伴い車を回す。


「何があったの、リッツァー!」

「ごめんね、緊急事態なんだ。鏡に通じた魔法技師じゃないと手も足も出ない」


 リッツァーに導かれた先は、例の二本の大樹が映るあの鏡だ。その前に何人もの学芸員や研究者たちが、不安そうな顔で鏡を見つめている。彼らはチタが来るのを察するとざっと両脇にのいて道を開ける。一瞬自分がモーゼになったような気持ちになった。


 

 チタはすぐに異変を察した。

 枝を絡ませた二本の大樹に、見知らぬ人工精霊の美少女が立っていたからだ。

 

 レースとフリルを多用した黒いドレス、ツインテールにした黒髪、背中にはコウモリのような黒い羽根。

 ゴスロリ、ベタ、萌えキャラ、メイド喫茶、といった単語がチタの脳裏に閃いたた。その後遅れて、黒羽根少女という都市伝説の名前が蘇り、いやでもまさかと自分で打ち消す。



「あー、きたきた。やっと来たわね転生人の小娘」


 人工精霊はチタがくるなりニヤッと笑い、そのあとゆっくり膝を曲げてお辞儀をした。


「初めまして。私、世間で噂の黒羽根少女と呼ばれるしがない悪魔の王女です」


 研究者たちがざわつく。いや、でもまさか、そんなことが……という声が漣のように広がる。

 チタはこめかみをもみほぐした。落ち着いて落ち着いて……。



「お手数おかけして申し訳ありません、チタ様。どうやらこの鏡が妙な魔法に感染したようで……チタ様をお呼びしろと言ってきかんのでお忙しいとは存じ上げつつも……」

 

 博物館の館長がおろおろとチタに告げた。

 分かりましたと告げて、まずチタが鏡に触れた。まず‶エミリ″を呼び出さねば。


 しかし現れた‶エミリ″は、鳥かごの中に閉じ込められた姿で現した。チタはその鳥かごに強力な高速な魔法がかけられているのを見破る。


「ごめんね~、しばらくその警護精霊には大人しくしてもらうから。用事が済んだらすぐ消えるから辛抱してね」


 ふざけた口調で黒羽根少女を名乗る人工精霊は告げる。チタは鏡を操作しながら鳥かごのロックを解こうとする傍ら、鏡の向こうの少女に尋ねた。


「目的は何っ? 何が望みっ?」

「あんたたちとこの国の不幸」

「はあっ?」


 ジウは思わず前世のイントネーションで怒鳴った。


 しかし黒羽根少女を名乗るこの人工精霊はひるまず、一番低い箇所にある金色の木の枝に腰を下ろした。どさっと木の枝が揺れる。そのとたん、博物館の職員から悲鳴が上がった。


「何よ、大層ね~。あたしの体重いくらだと思ってんのよ。折れやしないわよ」

 むうっと黒羽根少女はむくれて見せてから、その枝を大げさにゆらゆらとゆする。その時悲鳴が一層大きくなった。金切り声をあげるものすらいる。


「や、やめて! どうかおやめください! 我が国の歴史が変わってしまう!」

 博物館の館長が泣きながら鏡に縋った。

 

 ‶エミリ″の拘束を解く作業を進めながらチタは叫ぶ。

「落ち着いてください! この木はあくまでモデルです。この木がどうにかなった所で現実には影響しません!」


 鏡の向こうから噴き出す声が聞こえた。プーックック……あはははは! 派手に笑っているのは黒羽根少女だ。


「おーっかしー! 私と逢ってもう結構立つのにまだ事態が把握できてないんだ~! な~んだ、とんだバカじゃない。転生人の小娘ってば。警戒して損した」

 

 実際バカなんだからバカと呼ばれても普段なら腹も立たないが、こんなベタな一昔前の萌えキャラみたいな恰好をした人工精霊にバカ呼ばわりされては流石に面白くない。

 とっさにチタが黒羽根少女をなぐりつけようと、ネイルを施した手をふりあげたけれど、その手をリッツァーが封じた。


「ダメだ、チタ。そんなことしたら歴史が変わる!」

「なんであんたまでそんなこと言うの! 変わるわけないやろ!」


 異世界の方言でどなるチタの前に、博物館の館長は黙って一枚のカードを見せた。布の台の上に置かれたそれは、チタもよく知っているありふれた学生証だ。


 その形式、デザイン、血痕を思わせる赤い染みで汚れた様子。そのどれにも見覚えがある。第一転生王が赤子の時に握りしめていたという学生証にそっくりだ。


 しかしその名前が違う。第一転生王の前世での名前は斎藤ヤスアキのはずだ。しかしそこに記されているのは田中コウジなる少年のものだ。顔写真も以前の佐藤少年とは別人の写真が貼り付けられている。ふたりともその辺にいそうな少年の顔という点は共通していたが、斎藤少年はメガネをかけていたのに田中少年は裸眼だった。


「……どういうこと?」

 チタは思わずリッツァーを見つめる。青ざめてリッツァーは答えるのみだ。

「歴史が変えられた……。僕らだって目の前でそれを行われる前までは信じられなかったんだ!」


 動転しているリッツァーの説明は要を得ない。それをわらって、黒羽根少女はぺらぺらと語る。


「だってあんたたちが信じてくれないんだもん。私が歴史を変えるって言っても笑って話を聞かないから。でもま、安心して。こっちの世界に転生して第一転生王になる男の子を別人にしただけ。あとはまあ、多少変化はしたけど歴史の本筋には影響してない筈だから。……でも」


 黒羽根少女は黒いレースの手袋をつけた指先で、補足しなった銀色の木の枝の先を極限までたわめて見せた。


「あんたたちが言うこと訊かないと、色んな枝をへし折っちゃうから」


 落ち着いて、落ち着いて。

 チタは深呼吸を繰り返す。


 リッツァーが開発した二本の木は、この世界とチタたちがいた異世界、二つの世界の歴史を視覚モデル化したものだ。モデルはあくまでモデル。それをいじったところで現実に影響するわけがない。そのはずだった。


 でも目の前にいる黒羽根少女は、二本の大樹を鏡の中から直接触り、そして現実の世界に影響を及ぼすことができるのだという。


 それはつまりどういうことか。

 黒羽根少女が本来鏡の上に映る映像で歴史のモデルを、触った通りに変更できる魔法の樹木として鏡の中で実体化させたということか。



 チタの全身から血の気が引いた。

 

 いつか技師が言っていた声が蘇る。

 

 ギーチを殺したは実体化した虚像の銃弾だったが、それが爆弾だったら……?

 神話の争いや荒唐無稽な未来の戦争が、もし実体化されたら……?


 でも実際に実体化されたのは、歴史をモデルにした二本の木だった。



 へなへなとその場に崩れ落ちるチタを見て、黒羽根少女はケタケタ笑った。



「あ~おっかしい。王子たちにいやがらせできるものを探していたらこんな最高のおもちゃが見つかるんだもん。あんたたちただの人間って本当~にバカなんじゃない? 大した魔法の力も知識もないくせにこ~んな危険極まりないもんうっかり作っちゃってさ! 面白すぎ!」

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