第6話 西暦377 第一王子の幻燈鏡輸出事業に対する国外の反発強まる。
ギーチの葬儀は一芸人のものとしては異例の規模で行われた。
憔悴しきった相方のトバコ、喪服姿で号泣するジウ、その他参列者が棺の中のギーチに花を手向ける様子が鏡で中継される。
かつてギーチたちが活躍した寄席小屋の主も自宅で鏡を見ながらしめやかに献杯した。じきじきに参列してお別れをしたかったのはやまやまだが、王子を支持する派閥の大物議員たちまで居並ぶ葬儀の会場にまで出向くのは気が引けたのだ。
ギーチは王子と親交を深め、彼の唱える方針を支持して憚らなかった。なにやら芸人をやめて政治家に転身すると噂されており、芸人風情が思い上がりやがって分をわきまえやがれと苦々しく思っていたことまで寄席小屋の主には懐かしい。
くさい芝居のように天気は雨の日が続く。雨の膜に鏡のつくる虚像が滲む。
衝撃的な事件から十日もたてば世間はある程度落ち着く。大物とはいえ所詮は芸人、王都全体が喪に服すことはない。事件が起きる安穏とした日々同然に、人工精霊たちによるにぎにぎしい広告が雨模様の空を飾っている。
その中に、ビーネのいる会社が開発したあの美少女人工精霊の姿はなかった。
ギーチを撃ち殺したのと同じ型の人工精霊を搭載した鏡は、国の命令によりすべて回収・破棄されることがきまったのだから。
同型の人工精霊を搭載した鏡のユーザーは当然その処置に怒った。ユーザーにとってはこの少女はもはや家族であり友人であり恋人でもあったのだから。
しかし妙な魔法の原因が明らかにされない以上、この処置はやむを得ないという声が多数だった。危険な鏡は一か所に集められて粉々に粉砕される。
鏡の死は人工精霊の死でもある。
しばらく後に、警察が重要参考人としてかつての権限を失った魔法使い氏族団体のメンバーを一斉に検挙したというニュースが流れた。
大聖堂の鐘楼から鏡を抱いて飛び降りたビーネの死を報じるニュースも。
あれだけビーネをけなしていたくせに、ジウはそれを聞いてまたビービー泣いた。
愛する人工精霊の少女のプロトタイプ、機能停止せよという命令を無視してこの世を去る寸前まで一緒に逃亡していたその娘をやどした鏡とともに飛び降りたというメロウな物語がジウの涙腺を大いに刺激したらしい。
「チタ……あんた……っ、なんでこの話きいてけろっとしてん……? 可哀そうやと思わへんの……?」
ジウはハンカチで鼻をかみながらチタを責めた。ギーチの葬儀に参列しなかったことを根に持っている。
チタだってできればギーチに最後のお別れをしたかったのだ。だけど、正体不明の魔法への対策を怠れば自分たちがビーネはライバル会社の社長のようになっていたかもしれないのに。
何度かそれを説明したけれど、人情家を自認するジウはどうしてもそれを理解してくれない。チタは冷たい、チタは結構昔からそういうところがあったと泣きながらぐちぐちと攻撃する。
ジウはうちの苦労も頑張りも知らへんくせに……!
ギーチの葬式から四十九日も経ってへんのに(まあこの世界に四十九日のシステムはないけど)、自分が手掛ける若手芸人が大量に出演するギーチ追悼の大型ライブの宣伝したり、遊び仲間と飲み歩いてたくせに……! ビーネのことかって嫌ってたくせに……!
「件の人工精霊の核が妙な魔法に汚染されていたようですね」
チタ達の会社の対策本部で、魔法技師が告げる。
「汚染?」
携帯食にぱくつきながらチタは訊き返した。
「古い言葉を使うなら、この少女は呪われたんです。妙な魔法の使い手に」
ギーチを撃った犯人である人工精霊を宿した鏡はすべての機能を停止した状態で警察に封印・保管されている。事件を捜査する警察から回された資料には、輝きの消えた瞳を開いた状態で直立する人工精霊の画像があった。チタはタブレットに表示させる。
「その呪いによってこの精霊はギーチさんを撃ち殺すよう命令された。そうみるべきですね。故にその呪いをかけた魔法使いが犯人もしくはその関係者ということになりましょう」
「お手柄ね。これを警察に教えてあげれば私たちはお役ごめんね。自分たちの仕事に戻れるわ」
ふうっとチタは伸びをした。
前例のない事件なので鏡に関する魔法のエキスパートとしてチタも協力を要請されたのだ。ビーネのところの鏡の不始末になんで私が……という気持ちしかないチタだったが、警察が王子の名前をだしてきたのでしぶしぶ協力することにしたのだ。しかし名探偵ではない自分がそんな事件の謎なんて解けるものか。
それよりも、自分たちが売り出している鏡が、人工精霊が同じ事をしでかさないかそちらが心配で仕方がない。例の事件のあとビーネの会社の株価は大暴落、目玉商品だった美少女はすべて廃棄処分。同型の人工精霊のオーナーだった者たちは嘆き悲しみ一部界隈では暴動寸前になったというほどの騒ぎになったのだ。
もし事件をおこしたのが自分たちの作り出した人工精霊だったら……チタはぞっとする。
重要参考人としてまだ逃亡したことが明らかになっていなかったビーネを連行しようと、ビーネの住む邸宅に押し寄せる様子を鏡のニュースで見たばかりだ。自分がああなっていたかもしれないのだ。
今後の状況次第では自分もビーネのような身に落とされるかもしれない。それを回避するためには原因の究明と自社の精霊たちの安全をいち早く宣言しないといけないのに……!
いらだっていたチタに、その解析結果は一応の朗報といえた。
「呪いということは、じゃあそれを防ぐ対抗魔法をうちの精霊たちにかければいいということね。ウィルスに対するワクチンみたいな感じで」
「そういうことになりますね。ただ、これはどうも妙な魔法なので対抗魔法の開発には少々時間を要します。それにまだ謎は残っています。この精霊がもっていた銃はおもちゃの銃、しかも虚像です。虚像の銃が撃った弾が人間を殺す? 普通に考えたらありえませんし、私たちの魔法でもそんなことを起こすのは不可能です」
「分かってるわよ。でもそれ以上の謎の解明は私たちの仕事じゃないわ。あとは警察のお仕事よ。お任せしちゃいましょ」
「しかし……」
魔法技師は腕を組み、壁一面に張り付けられた鏡を睨む。して、ネイルよりもより高度な呪文を搭載しているライトストーンを張り付けた指先で触れた。
鏡には機能停止した人工精霊の少女と、彼女を構成する様々な呪文の列が浮かび上がる。空いたスペースには撃ち殺されるギーチの痛ましいシーンが繰り返される。
「チタ様、こうも言えます。精霊にかけられた呪いは精霊にギーチを殺すように命令をした。と同時に手に持っていた銃の弾だけ限定的に実体化させていたのではないか、と」
「虚像の銃弾の実体化……?」
その言葉がチタの中でピーンと響いた。
人工精霊の実体化、その魔法はまだ研究段階だ。有効な呪文が見つからず失敗を繰り返していた。
しかしギーチを撃った銃が実体化されていたとなれば、自分たちがまだ見つけていない魔法をこの一件の犯人はとっくに見つけていたということになる。しかも人工精霊の思考を乗っ取り暗示にかけるという作用付きでだ。
それはつまり、犯人は自分たちより高度な魔法をあやつるという証左にほかならない。
「う~ん……!」
チタは呻いて机に突っ伏した。
「うそやん、うちらより鏡の魔法に詳しいやつがおるやなんて、嘘や~! もうなんな~ん。悔しい~……!」
「? チタ様どうされました?」
前世の言葉で派手に嘆くチタを技師は怪訝な目で見た。即座に姿勢を立て直す。
「なんでもないわ。……ねえ。その犯人をうちでスカウトすることはできないかしら?」
「……何をバカなことを。相手は人殺しですよ? しかもチタ様のおともだちを殺した相手でしょう?」」
呆れて技師はふーっとため息をつく。
「だって、私たちもまだモノにできていない魔法を作り上げた相手よ? 私たちの鏡のために話ぐらいは聞いてみたいわ。どうせ捕まったら死刑か終身刑でしょ? そうなる前に身柄を押えられないかしら」
もともと自分はバカで魔法に関して無知であるというところからスタートしているチタの強みは、分からないことがあれば平気で頭をさげて人に教えを聞きにいくことができる所だった。自分たちの数倍先をゆく魔法をみせつけられて地団駄踏むほど悔しいが、それはそれとしてこれは非常に有用な技術であると鏡開発のパイオニアとしての直感が騒ぐのだ。
童顔でその辺にいる小娘にしかみえない転生人のボスに得体の知れなさを覚えるのはこういう瞬間だ、技師はぞくっと恐怖する。
「……チタ様、一つ私から懸念を述べさせていただきます」
「ん、何?」
「カンですが、この魔法は我々の手に負えるものではないかもしれません。近代魔法の技師としてこのようなことを申し上げねばならないのは屈辱ですが、この魔法に関わっているのは古い伝統流派の魔法です。鏡の向こうには別世界があるという思想がベースになっています」
「ふーん。伝統流派の魔法か……。確かにギーチは王子と仲がよかったもの。王子に粛清された古い流派の魔法使い達の仕業って筋書き、かなりしっくりくるわね」
ひょっとしたら試験の際に自分とジウを怒鳴りつけたあの老魔法使いかしら? チタはあの時の恐怖と憤りを思い出した。しかしあの老魔法使いはしばらく前に数名の弟子に囲まれひっそり寂しく世を去ったはずだ。長年宮廷の顧問魔法使いを務めていた人物にとしては寂しすぎる最期であったと鏡のニュース番組は報道していたっけ。
「それもありますが……王子の政敵であった方々よりももっと根源的で恐ろしい者でないかと。」
「魔法使いより根源的で恐ろしい者……? なにそれ、悪魔とか?」
チタは冗談で言ったつもりだった。
技師は無言だ。
さあああ……と、窓の外で降り続く雨の音が聞こえてくるほど部屋は静まる。
「ちょ、やめてえやそんな冗談、悪魔やなんて……そんなん、笑えへんって。この世界におるわけないやん、そんなん。悪魔など迷信にすぎぬって近代魔法の本にも書いてあったし」
思わず前世の言葉で呟いてしまう。技師の怪訝な表情を見てからチタはこんこんと咳をした。
「ごめんなさい。でも悪魔だなんてあなたが突拍子もないことを言いだすから……。本当にあなたらしくもない」
「私もこのようなことを言うのは不本意です」
技師の顔はまじめそのもので冗談を口にしている風ではない。
「……宮廷魔法士に代表される人間の魔法使いが洗練させてきた魔法はいわば芸術、伝統芸能のようなものです。美しく華麗であるが非合理で儀礼的非実用的。連中ではこの魔法は作り上げられません。おそらくこの魔法を作ったものは悪魔のような魔法を扱う、何者かです」
さあああ……。雨音がまた部屋に響いた。
「私は正直、この件に関して恐怖を抱いています。賊が今回実体化したのはたった一発の虚像の銃弾です。それで人一人を殺しました。もしそれが虚像の爆弾だったとしたら?」
さあああ……。雨の音はまだ響く。
「また、役者や人工精霊たちが演じる数々の鏡面のドラマがありますね? あれらは大抵たわいのない物語が演じられていますが、中には神々と悪魔の争いを描いた神話や、歴史上の有名な合戦の戦記、中には未来の荒唐無稽な兵器や怪物を扱ったものもあります。それらをこの賊が実体化してみせたとしたら?」
「ちょ、やめてえやそんな、怖いこと言うん……」
チタは思わず前世で使っていた言葉で返した。昼間だというのに陽の光に少ない薄暗い部屋で、そんなことを言わないでほしい。
当然技師はチタの異世界方言を解さない。不思議そうな顔をみせたので、チタはえへんと咳払いした。
「それならなおのこと、早くその実体化する魔法を実現させるべきよね。それができればあなたのいう妙な魔法への対抗策も見つかるかもしれないし。それと並行して呪いを防ぐための対抗魔法も早く作り上げないと、急がなきゃ」
これで話は打ち切り。それを知らせるためにチタは自ら立ち上がった。
王都はそれまで通り、変わらず平穏に見えた。
しかし、巷であちこち不穏な噂が囁かれるようになる。ギーチを殺した犯人のように、王子や今の国のありように疑問を抱く保守的な古い魔法使いたちが鏡を使っておかしな呪いをかけていると。
あの時のように精霊たちに妙な魔法をかけて人間たちを災いを成すぞ。
人工精霊は実は鏡の向こうからやってきた悪魔の国の死霊だぞ、昔の人が言っていた鏡に関する言い伝えは本当だった……という呆れた噂まで飛び交いだす。
漠然と鏡にいい印象を抱ていいなかった保守的な層、どうしても鏡に対する恐怖感を払しょくできなかった異種族の民を中心に、鏡に対する不吉な噂が飛び交いだす。
あちこちで鏡排斥運動も行われ、街の鏡が叩き壊されるという暴徒まで出現し始めた。
その一方で鏡ナシではもはや生活できぬという人は増え続ける。街頭ビジョンで放送されるスターのライブ映像に若い女の子と達は歓声を上げる。鏡面から飛び出させた人工精霊と一緒に街を歩く人々も現れる。
ジウの手掛けたギーチ追悼のためのお笑いライブには数万人を動員したと、ゴシップニュースでは話題になっていた。居並ぶ出演者の後ろに、黒いベールで顔を覆いながらあでやかな黒のラメ入りロングドレスを纏うジウが控える映像が映る。チタはそれを見て憤慨した。仮にもギーチの追悼ライブやろうになんなんあの派手な格好! 結局友達の死を使って商売したかっただけやん。
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