第5話 聖暦377 元宮廷最高魔法士世を去る。

 チタがテレビを作ることを思いついてから五年経とうとしていた。。


 この数年で、二人の作った鏡は爆発的に普及していた。街角ではあちこちに街頭ビジョンが配置され、寄席小屋や劇場が主体となって鏡で放映される番組を作るためだけの会社も作られた。日々のニュースや流行も鏡が真っ先に伝えるようになる。

 人々の会話も「昨日のあれ、見た?」から始まる。


 鏡があちこちに配置された王都はギラギラ眩しく輝いていた。チタたちの努力で太陽の光を散逸する魔法もかけてはいたがそれでなお眩しい。鏡面にはタレントが、アイドルが、様々な役者が映っては笑顔を振りまいていく。かつての落ち着いた街並みと風情は完全に過去のものになっている。保守的な層はけばけばしく騒々しい王都の変化を嘆き、王子たちをバッシングする。



 当の王子は自ら街頭ビジョンに映り、近代魔法のさらなる発展に伴う明るい未来をうたいあげる。

 人々は無意識に明るい未来が永遠に続くと刷り込まれる。



 チタはその頃、工場で仲間たちと頭を悩ませていた。

 後発の鏡制作会社が作り出した新製品の情報を耳にして危機感を抱いたのだ。


 ライバル会社が新しく生み出す鏡に搭載されている人工の精霊には姿形があり、持ち主と簡単なコミュニケーションができるのだという。

 鏡の発展に伴い、かりそめの魂ではなく簡単な思考と知性を持った人工精霊が鏡に搭載されるようになって久しい。しかしそれらには今まで姿形はなかった。


 ライバル会社はその人工精霊にあえて姿形を与えるのだという。しかもツインテールの可愛い少女だ。鈴を張るような声で「おかえりなさいませ、ご主人様」と話しかけたりするそうだ。


「可愛い……」

 産業スパイが持ち帰った映像資料を鏡に映し、技術者たちはホワンと蕩ける。


 それを知ったジウはその人工精霊の姿を見るなり顔をしかめて吐き捨てた。

「きぃっしょ! なんこれ。めっちゃオタクくさっ。ここの後ろにおるの絶対転生人やろ?」

「うん、ビーネやって」

「ああなんかアカデミーでいっつも漫画ばっかり描いてたやつな」


 その頃のジウはジュリアナ東京スタイルはやめて、独自の派手なファッションに身を包んでいた。ジウ最大のチャームポイントである8の字型のスタイルを際立たせたセクシー衣装に鳥の羽根や毛皮を合わせる。吸えないのに長キセルまで用意して、まるでマフィアの情婦だ。今ではエンターテイメントコンテンツ会社の顧問におさまり、業界の女帝などと囁かれている。


 チタは反対につなぎの作業着姿で資料を睨みながら悔しさに爪を噛んでいた。


 人工精霊にキャラクターとして外見を与える。そして持ち主のパートナーとして親密なコミュニケーションを取らせる。どうしてそんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。悔しくて悔しくて自分が許せない。

 ゲイツに出し抜かれたジョブズの怒りはこのようなものかと、前世の世界にいた有名人に自分を不遜にも重ね合わせもした。


 

 それにしてもビーネのデザインしたこの女の子はなんだろう、なんだかとても懐かしい。前世でよく見たボーカロイドのあの女の子にちょっと似ている。

 ロリータ服を派手に誤解したような実用に不向きなメイドスタイルもなんだか無性にノスタルジーを掻き立てられた。ニーハイに絶対領域て!



「ビーネは異世界のヘイセイ20年にこっちに転生したそうだからね。前世で好きだったものをこちらでも引きずってるんだよ」


 リッツァーは朝食を用意しながら説明する。


「平成20年?西暦だといつ?」

「えーと、2008年だね」

「2008年か……」

 

 自分はそのころ前世でどうしていただろう。まだ幼稚園のころか。母さんの持っていた携帯電話はパカパカの二つ折りだった。チタが転生する数年前に時流に合わせてスマホに買い替えた母さんがガラケーとの使い勝手の違いになれずイライラしてよくキレていたっけな……。

 思い出し笑いをしながら、チタはライバルとの没年の差を意識する。ビーネは素人が動画を投稿し右から左へ流れて行くコメントが特徴的な動画配信サイトに未来を見ていた世代だろう。けれど自分はもうそこにはかつてはどの勢いはなく、将来の夢にYouTuberをあげる小学生が増えることを知ってる世代だ。その差を活かさなきゃならない。


 ベッドの上でうつぶせになりながら考えを巡らせるチタへ卵をじゅうじゅう焼きながらリッツァーは話しかける。

「転生人は前世で好きなものをこの世界でも手に入れようとするからね。ビーネはよっぽどこの女の子に思い入れがあったんじゃないかな」

「ふーん、まるでジウみたいやね」

 

 ベッドの中で思考補助用に開発したノート程の大きさの鏡を覗き込みながらチタは呟いた。その中でビーネの開発した美少女型人工精霊のモデルはくるっとターンを決めてにっこり微笑むのを繰り返す。


「ねえチタ、今なんて言ったの?」

 テーブルにサラダとパンと卵という、前世の世界とほぼ変わらない朝食を用意しながらリッツァーは訊く。チタは苦笑した。


「ごめんね。ビーネはまるでジウみたいだって言ったのよ。ジウも前世ですごく好きなものがあったから今この世界でもガムシャラでしょ」

「はは、本当だね。ジウは今やショービジネスの魔女だもの」


 鏡面に触れた指先からチタは鏡に命令する。呪文を溶かしこんだ魔法のネイルを塗った爪が輝いて鏡にチタの願望を伝えた。鏡面がゆらいで新世代の女帝ジウのご乱行を伝えるゴシップニュースの一覧を表示した。

 ジウは自分が一番力を入れているコメディー会社のお気に入りの青年たちを引き連れて夜な夜な遊び歩いている。ジウは青年たちにチームでコントを演じさせる手法をこの国で初めて実践していた。かつてジウが大好きだったお笑い番組で見た手法の猿真似だが、この世界でも「チーム萌え」に反応する女子は一定数以上いたとみて彼らのライブには無数のファンが押し寄せる。


 ジウもビーネも前世の文化をさも自分が生み出したようにまんまと模倣している。チタだって他人のことは言えない。さっき自分をジョブズに准えた自分だけど、今手元にある思考補助用の鏡はタブレットのパクリだし(パクリでもなんでもとにかく早く実用化にまでもっていかな。これは絶対売れるから)。


 おいでよチタ、リッツァーに誘われてチタはベッドからするりとおりた。寝間着は妖精のお姫様が着るようなふんわりしたキャミソール風のナイトウェアだ。少女っぽい可愛らしい格好を喜ぶリッツァーの好みに合わせたが、20歳近くになっても凹凸が少なくすとんとした体型で童顔の自分には甘くて可愛いものがよく似合うとちょっぴり自惚れている。


 窓辺から外を見かけると、怪しい人影が見えた。王子のネガティブキャンペーンを展開しているゴシップ誌の記者だろうが。それならいいけど。最近どうも伝統派の魔法使い組織が見えないところで妙な動きを見せているなんて情報を小耳に挟んだりもするから。

 

 小さなテーブルにリッツァーはささやかな朝食を並べた。チタと恋人関係になってから生活や学業の援助を受け続けるだけなのは嫌だから、リッツァーは二人でいる時は食事を作ってくれるようになった。卵の黄色と白い皿、緑のサラダのコントラストが目に美味しそうだ。自然とチタは笑顔になる。

「インスタ映えするわね」

「? それどういう意味?」

 異世界史学の学徒である立場は忘れないリッツァーは小さなノートとペンをすかさず用意した。



 チタは自分で思いついて以来、鏡の業界ではトップランナーである自負がある。最初は全く歯も立たなかった近代魔法の本を読みこなし、何度も失敗と成功を繰り返しては着実に力をためた。今では人工精霊や高度な魔導機関だって設計できるのだ。ビーネに先を越された分なんてすぐに取り戻せる。あいつなんかうちらがテレビを作ってるところをコバカにしながらイラストばっかり描いてたボンクラやんか。

 

 チタはすぐさまライバル会社が生み出した美少女人工精霊の先を行くアイディアを練り始める。


 

 ビーネを招いたライバル会社が開発した美少女人工精霊を搭載した鏡はすぐさま大ヒットした。

 鏡に話しかければさっと可愛い女の子が鏡に浮かび、自分の見たい番組を映し出してくれる。特にみたい番組がなければちょっとしたおしゃべりに応じてくれる。むしろのこのおしゃべり機能目当てで購入する客が多かった。

 ライバル会社は美少女だけではなく美少年の人工妖精を搭載した鏡をすぐさま用意する。そのほか美女、美男子、貴婦人に素敵な叔父様……何パターンもの魅力的な外形を持つ人工精霊が開発された。最初はワンパターンだった性格も、このシリーズが展開されるうちにニーズにあわせて様々に変化する。いじっぱりであったり元気だったり大人しかったり……。いつしか馬鹿げてくだらない鏡の番組を見るよりも美しく愛らしい人工精霊と戯れることを目的に鏡を購入うする者たちも増えていく。

 この人工精霊は鏡業界における一大革命と呼びならわすものさえいる。


「家じゅうの壁という壁を鏡で覆いつくして彼女たちと一緒に生活したい」

 そんな夢を語る若者を『嘆かわしい昨今の風潮』として紹介し呆れて見せる報道番組を流すのもまた鏡であった。



「あーっ、もうほんまに腹立つわあ! ビーネんとこの鏡は!」

 

 人工精霊搭載型鏡の流行に一番ピリピリしたのはジウだ。美しい人工精霊たちに様々なドラマを演じさせてそれを放映する魔法が開発されたのだからたまらない。三次元の演じるお笑いや演劇よりもよっぽど完璧で見ごたえがあるという世評が高まり、ジウの手掛ける事業と競合するようになったのだ。

 しかも新しものの王子が人工精霊の美少女と対談したというニュースまで飛び込んでくる。

 王子の力あってのし上がった二人だ、ここで見捨てられてはたまらないという恐怖心を抱くのも当然であろう。


 壁一面を覆う鏡は、鏡ごしに美少女人工精霊と向かい合って和やかに語らう王子のニュース映像を流している。それを見ながらジウは指鉄砲の形を作ってバンと撃つマネをした。指先はもちろん愛らしい人工精霊の笑顔に向けられている。


「なあチタ、あんたこのオタク臭い人工精霊なんとかできひん?」

「ん~、今色々考えてるとこ」


 チタはベッドに寝そべりながら爪に新たなネイルを塗っている。ネイルが乾ききりシャボン玉のように輝くのを待ってから、タブレットをまねた鏡の表面に触れた。

 すると、ぽんっと鏡の表面にぬいぐるみのような丸っこいキャラクターが現れた。ネコのようなウサギのようなその生き物は、鏡の上でキュウと鳴いた。


「え~! なにそれめっさ可愛い!」

 モフモフした丸っこい妙な動物がぴょんぴょん跳ね回っているのを見てジウが目を輝かせてすっとんでくる。思わず抱き上げようとするがうまくいかない。手がするするすりぬける。

 ムキになって抱きしめようとするジウの反応を目にしてチタはにんまりした。

「それ、うちが今開発してる人工精霊。可愛いやろ? こっちの世界ではまだビーネのセンスについていけへん人らも多いしこういうポケモンみたいなキャラクターの方が万人受けすると思ってん。それにこうやって鏡の外に飛び出させる仕様にしたし」

「ええ~、ええやんええやん。これめっちゃウケるって」

 ジウはマスコットのようなキャラクターを指先でちょいちょい構いながら歓声を上げた。マスコットはジウの指先を捕まえようとしてぴょんぴょん飛び跳ねる。期待していた以上のファンシーさだ。

「そのうち実際に触れるようにしようと思ってんねん」

 チタはジウの反応に気をよくした。


  

 人工精霊に関しては後発だったチタとジウの鏡であるが、鏡の表面から飛び出して見えるように見えるマスコットタイプの人工精霊も瞬く間に世間を席巻した。愛らしさもあるが、付属のネイルを爪に塗れば魔法が働き「鏡から飛び出して見える」という機能が世間の人々の心をとらえた。

 たてつづけにチタはビーネの会社と同様の美形の人間タイプの人工精霊を開発する。ついでにジウの要望に備えて、タレントや役者の映像も鏡の外に飛び出して見えるように調整した。

 

 チタとジウの鏡さえあれば、鏡に映るものなら人工精霊でもお気に入りの役者でも同じ空間で生活しているような錯覚を味わえる。

 そのような機能を持たせた鏡が売れないわけが無かった。



 チタとジウの鏡は再びシェアを取り戻す。

 おかげで二人のお財布はいよいよ潤った。潤いすぎて財布からこぼれるお金の一部をチタはアカデミーの異世界研究部に寄付した。

 

 世話になったアカデミーへの恩返し……という訳ではない。愛するリッツァーが最低限の生活費しか受取ろうとしないので、仕方なく彼が愛する学問へ投資しているだけだ。本当は異世界史学科にだけ寄付したかったが、そんなことをしてはリッツァーの肩身が狭くなってしまう。


 ごくつぶしの転生人という目で見ていた筈のアカデミー職員たちは、チタが姿を見せた途端に上へ下への大騒ぎを始める。高級なお茶やお菓子を用意しろだの、学長を呼んで来いだのとドタバタする様子をうんざりと一瞥し、先に渡すものだけ渡してチタはリッツァーのいる研究棟へ向かった。

 昨日をオフにした鏡に映るのは、ゆるくふんわりさせたボブカットに思いっきり少女趣味なワンピースを合わせている。



「わあっ!」

 リッツァーのいる研究棟に訪れたチタは鏡に浮かび上がる大きな鏡を見て歓声を上げた。

 縦長の鏡には無数に枝分かれした巨木を思わせる光の筋が二本浮かんでいる。

 金色の木と銀色の木、二本並んで立つそれぞれの幹から別れた枝がぶつかりあったところからまた新たな幹が生まれ、そこからさらに枝がうまれ……そういんた不思議な紋様が書物や書類で散らかった研究室に浮かび上がっている様子は単純に幻想的で美しい。


「なあにこれ、奇麗……!」

「僕らの世界と異世界の歴史の関わりを視覚化したものだよ」

 リッツァーは手に鏡を操作するためのグローブをはめながらいった。鏡に複雑な魔法をかける際に必要なネイルを嫌う人のためにグローブが開発されている。


 リッツァーは金色の巨木の幹に中る部分をグローブではめた指でなぞった。鏡の空いたスペースに様々な文字や映像が浮かんでは消える。

「この大きな道筋が僕らの歴史」

 そして今度は銀色の巨木の幹をすうっとなぞる。同様に文字や絵が浮かび上がった。

「こっちは前世の君たちがいた異世界の歴史」


 金色の巨木が真っ先に枝分かれした部分を指さした。そこは隣にある銀色の巨木の幹から伸びてきた枝が金色の木の幹に触れている場所でもある。

 空いているスペースに浮かび上がったのは歴史の教科書で必ず第一転生王の肖像画と文字でまとめた簡単な功績だった。どうやら銀色の木の幹から伸びた枝は21世紀生まれのある少年がこちらの世界に転生し、第一転生王となったことを示しているらしい。


「これが互いの世界の正史だけど、こうしてこうすれば……」

 グローブをはめた指先でリッツァーは金色の木の幹と銀色の木の枝が触れている個所に触れる。そのまま銀色の木の枝の先をついと動かして幹へ戻した。

 すると第一転生王の肖像が消え、金色の巨木全体が大きくざわざわと揺れた。さっきの形とはまるで異なる別の形の巨木へと姿を変える。それに連動して銀色の巨木も嵐のように激しく揺れた。


 二つの巨木のざわめきがおさまり静まるった後に再びリッツァーは解説する。

「ありえなかった歴史の世界もシミュレートできるってわけさ。ちなみにこれは第一転生王が転生しなかった場合にたどっていたかもしれないお互いの歴史の予測図だよ」

「ふうん……」

 ネイルを施している指先でチタは金色の巨木をなぞった。表示される文字によれば、歴史の授業の劣等生でも知っている有名な戦争の勝者があべこべになっている。

「やだ、第一転生王がいなければ私たちは隣国の一部分になっていたのね。で、その隣国も二百年後には帝国の支配下におかれる……と」

「ね、こうすれば二つの世界がどうやって関わりあってるか一目瞭然だろう? ずっとこういうふうに視覚化できれば、僕らの国の発展にも役立てるし、それに異世界と僕らの世界の謎の解明は早まると思っていたんだ!」


 リッツアーは興奮した口調で告げたあと、チタを抱きしめる。


「ありがとう、チタ。僕の人生で最高の誕生日プレゼントだよ」

「私はあなたの研究に役立てるくらい賢い人工精霊を入れた鏡をプレゼントしただけよ。その子をここまで育てたのは貴方じゃない」

 わざとつんと澄ました口調で言ってみたけれど、リッツァーは構わずチタの唇を軽く吸う。

「チタの作った鏡のお陰だよ。でなければずっとこんな装置があったらいいのにって夢を見てるだけだった……」


 リッツァーはグローブをはめた手をさっと振った。二本の巨木はぶるっと身を震わせて元の形に戻る。


「僕は魔法の力もないし、異世界の記憶もないただの凡人だもの」

「異世界の歴史が好きだからって理由でこんな魔法を開発するひとのことを凡人って呼ぶのかしら?」

 チタはクスクス笑った。幸せだった。ここ数日の激務の疲れも恋人といる幸福で吹っ飛びそうだ。

 

 それにしても私がリッツァーと付き合うようになるとは。

 カフェで水色の花を束ねたブーケを手渡された日、その花を生けた花瓶を窓辺に肘をついて通りを見下ろしながら「こんなとこにいるはずもないのに」と無意識に歌ってはハッと我に帰った日々を思い出す。

 

 女の子に花束をプレゼントやなんてベタなことをするんやから、リッツァーの癖に。

 たった数年前のことを思い出して甘酸っぱい思いにとらわれながら、チタは二本の巨木を眺めていた。


 何気なく第一転生王の転生を示す銀色の枝の根元を視線でたどってみる。

 銀色の巨木は通常の樹木とは逆に枝の生え方がランダムで、木としては少し妙な形をしている。第一転生王の枝は銀色の巨木のかなり先端に近い部分から枝分かれしていたのだ。

 チタはその枝の根本に指を触れさせた。すると特に目立った特徴のない少年の顔写真が添付された学生証の画像と簡単な文字データが浮かび上がる。


 ≪第一転生王所持品。おそらく異世界での身分証であるもの。

  第一転生王はこれを所持したまま生母の胎より生まれ、

  悪魔の子として恐れられた。

  第一転生王は生涯これを封じ、妻にも寵姫にもみせなかったとされる。

  王立博物館所蔵品≫

 

 学生証に記された名前は斎藤ヤスアキ、生年月日は平成14年7月18日生まれだった。

 

 チタの前世である山下えみりは平成15年生まれだ。歴史上の大偉人である(チタの乏しい日本史の記憶だと織田信長とか卑弥呼とかそういうレベルの人に匹敵する)第一転生王とは一歳違いのほぼ同世代だったとは! 歴史と転生をつかさどる神のいたずらにクスクス笑う。もっともそんな神様がいるのかどうかわからないけれど。


「……どうしたのチタ? なにかおかしい?」

「ううん。あたしと第一転生王がほとんど同世代だってわかって驚いただけ」

「ああ、愉快だけどそこが頭の痛い問題なんだよ。異世界での死亡年代はショウワ50年代からヘイセイ10年代に集中しているんだけど、こちらの先で転生する年代はごらんのとおり見事にランダムなんだ。全く、神のイタズラとしか思えない。数学科の連中ならなんらかの法則性を見出すかもしれないけれど僕にはさっぱりだ」

「第一転生王が私とほぼ同世代ってことは、やっぱり不思議な魔法の道具ってスマホだったのね。……なんやえっらいズルしてたんやな斎藤ヤスアキのくせに」

「? チタなんて言ったの?」

「なんでもないわ。電気もないのにどうやってこちらでスマホを使ってたのかしらって思っただけ」

 

 呟きながらチタは第一転生王が転生したことを示すより上に位置する枝の根本に触れた。この枝は銀色の木の一番上にある枝にあたる。そこから浮かび上がったのは現在の名前と山下えみりとしての生年月日、そしてリッツァーに語ったろくでもないおしゃべりの要点が記載されている。

 リッツァーは山下えみりの没年を平成29年と見当をつけていたようだ。それはきっと正解だろう。


「……アカデミーにいた転生人で、異世界に関する一番新しい記憶を持っていたのは私ってこと?」

「アカデミーに保護されてきた歴代の転生人の中ではそうなるね。もっとも転生人保護法が廃止されて以降のの転生人についてはまだ調査段階だから正確なことはわからないけれど」

「……そうなんだ……」


 自分が異世界に関する一番新しい情報を持っている。

 その事実はチタの自惚れをくすぐった。



 鏡面から飛び出す人工精霊や俳優の映像がすっかり日常の風景になり、夜ともなれば新製品の名前を連呼する虚像たちが空中を乱舞するのも当たり前になったころ。

 平和と安楽に浮かれたこの国を揺るがす大事件が起きた。



 売れっ子芸人になって久しいギーチが番組の生放送中に撃ち殺されたのだ。

 犯人はビーネのいる会社が開発した人工精霊の美少女だ。


 鏡面から飛び出した美少女人工精霊がコントの一貫として、共演者だったギーチをおもちゃの銃で撃ったのだ。

 美少女人工精霊は虚像だ。三次元の肉体に影響を与えることはできない筈だ。すくなくとも現時点では。

 それなのに美少女人工精霊の引き金を弾いたおもちゃの銃から放たれた銃弾は、笑うギーチの額を撃ちぬいた。

 ギーチは後ろに倒れ、それっきり起き上がらない。


 共演者のトバコはよくできた演技だと思い笑っていたが、すぐに異変に気付く。他の共演者も倒れたギーチに駆け寄る。引き金を弾いた人工精霊の美少女一人きょとんとした表情で立ち尽くす。

 その一部始終が国中にライブで放映された。


 何万もの人間が見ていた中で、人気者のタレントがありえない方法で殺された。



 国中がパニックに陥り、悲鳴と鳴き声に包まれる。大混乱は数日続いた。チタもジウも古い知り合いのありえない死に方に戸惑い悲しむより先に原因の調査に忙殺される。鏡から浮かび上がった虚像が人を実際に殺すなんてありえない。あってはならないことなのに。

 

 

 そしてこの事件がこの国の将来を決定づける一撃となった。

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