第3話 聖暦374 幻燈鏡実用化開始。
こうしてチタとジウは王都の高級住宅街にある瀟洒なアパートに引っ越すことになった。
アールデコチックな家具や調度品がすでにしつらえられており、身の回りを世話するメイドと腕のいい料理番もついている。窓からは王都のシンボルマークでもある大聖堂の荘厳な尖塔が臨め、並木が植えられ優雅なデザインの蒸気自動車が行き来する煉瓦で舗装された道を見下ろせる。寝室にキッチンにリビング、広々としたお風呂場に最新流行のドレスが並んだウォークインクローゼット。研究室と称した作業スペースまである。ベッドはふかふかシーツはさらさら。きれいで快適、言うことなしだ。
引っ越したその日、二人はきゃあきゃあ走り回った。ベッドにダイブし、食糧庫にならんだ食べ物を好き放題に食べ散らかした。ワインを飲んでみて翌朝吐いた(この世界のこの時代、未成年の飲酒を禁じた法律はまだ無かった)。
「ドレスはちょっとババくさない?」
クローゼットに並んだフラッパースタイルによく似たドレスをまとって、ジウはそんな罰当たりなことまで言う。
どんなに汚しても散らかしても、有能なメイドのセリがたちどころにきれいにしてくれた。セリは二人と同い年ぐらいに見えた。異種族の血が混ざっているのか、セリの瞳の色は瑪瑙のように角度によってさまざまな色に変化する。
自分たちが乱しに乱した部屋やキッチンを同い年ぐらいの少女にまかせるのが時々もうしわけなくなり、チタはセリと顔を合わせるたびに「ありがとう」「手伝おうか」と声をかけてみる。しかしセリはその都度おびえたような表情を見せ、「結構です」と一言だけを残し慌てて去ってゆく。
料理番のグミなどセリよりももっとひどい。グミも異種族の血がまざっているのか耳の形がやや独特だ。ふたりよりもずっと年上のおばちゃんでとてもおいしい料理を毎日作ってくれるのに、なんの気なく「今日はちょっと塩辛いな」と感想をもらそうものなら床に這いつくばって泣きながら懇願するのだ。
「もうしわけありません、チタ様ジウ様。明日からは注意いたします。私にはまだまだ小さな子供が四人もいるんです。私がいなくなれば皆路頭に迷ってしまいます……!」
「おちついてグミ、誰もあなたの料理がまずいなんて言ってないわ。それに馘にするなんてことも言っていない。第一私たちにそんな権限はないのよ?」
「そうよ。あなたの雇い主は王子様で……」
「ああ王子! 王子様にはどうか黙ってください。なにとぞ何卒……!」
「いやだから言わへんって。ちょっとやめて、うちらイジメてるみたいやん」
まるで本当に二人が面白半分に人を殺して退屈を紛らわす最悪の暴君みたいな態度で接してくるので、あきれてつい前世の言葉で呟いてしまう。
こういう感情はまだるっこしい王都公用語より前世で使っていた方言の方がしっくりくるのだ。
一応この国では、この国の国籍を有する者には人種や種族に関係なく市民としての権利は平等に与えられていた。
反面、長年の偏見や慣習は拭い去りがたく、いわゆる下働きとよばれる肉体を資本にした労働やケア労働に従事するのは魔力に秀でてはいるが新しい思想や科学に馴染めない異種族の者がほとんどだった。魔法が存在し、家畜化されているとはいえ比翼をもつドラゴンだっているような世界だというのに、ホウキや小型の翼竜で空を飛んでいるのは使い走りの魔女や異種族の小僧たちだけだ。自力で自由に空を飛ぶことに漠然と憧れる転生人にはそれがなかなか理解しづらい。
「たとえその能力があったとしても紳士淑女はひょいひょい空を飛ぶようなことをしてはならぬ」
このような価値観が横行しており、チタやジウ達が暮らすことになった高級住宅地では魔導機関で動く蒸気自動車を運転手込みで所持するのがステイタスとなっている。魔法の教育を受けているはずの人たちが地上を走る乗り合い蒸気バスの停留所にイライラを隠さず列をなす姿を見て、チタもジウもよく「変なの」と思ったものだ。空も飛べないなら魔法を勉強する甲斐がないではないか。
二人の生活を補佐することになったセリもグミも、難しい論理ではなく本能で魔法を使いこなすことに種族の血を引くものだった。それゆえ「鏡にかりそめの魂をやどす」禁忌を破ったという二人が理屈抜きに恐ろしかった。どんな悪辣な人間よりも、悪魔よりも悪鬼よりも怖かったのだ。
しかしチタもジウも、何故自分たちが恐れられているのかさっぱりわからない。前世でも現世でも根っから庶民の出である故、極力ふたりには優しくしているつもりなのに……。
ともあれ鏡づくりである。多少違和感があるとは言え、この快適な生活は魔法の鏡をつくることによって担保されているものなのだ。
工房とされているフロアで、チタとジウはせっせと鏡づくりに精を出す。いくつも試作品が作られる度、かりそめの魂をやどした鏡も増える。
鏡などしょせん銀幕を張ったガラスだとしか思えないチタとジウには、ちょっとした魔法をかけた鏡など怖くもなんともない。科学的思想や合理精神を取り込んだ近代魔法が浸透しているこの世界の人間たちの多くにもおそらくそれほど怖くない。しかし、伝統的で旧式な魔法と肌身で触れ合っている者たちはチタとジウの行為を知る度に卒倒するような恐怖を味わった。
王子の命により高い給金を与えられてこのアパートにやってきたセリとグミは、高い給金と引き換えにとんでもないことになってしまったと各々が信じる神に懺悔しながら毎晩毎晩震えながら眠りについた。
「うちの芸を家でみられるようになる魔法だあ?」
ある程度の距離があっても問題なく映像を飛ばせることを可能にした鏡が完成し、さっそく二人は寄席小屋に協力を頼む。しかし小屋主はいい顔をしない。
「バカ野郎、そんな魔法があったら聖堂参りついでの田舎モンがうちの小屋に立ち寄らなくなって商売あがったりじゃあねえか」
「ちゃうちゃう、アホやなあおっさん。田舎モンはなあテレビで見た芸のほんもんが見たなるんや。この鏡がおっさんとこの小屋のええ宣伝してくれるんや。絶対もうかるって、かけてもいい」
現地人の小屋主に通じるわけがないのにジウが転生前に使っていた言葉で前のめりでまくしたてる。そこで慌てて咳をして、王都公用語で同じ意味のことを伝える。
ジウは1996年の七月に大阪城ホールで開催され四万人を動員したとされる二丁目芸人たちのライブ「WA CHA CHA LIVE in大阪城ホール」に行きたくて行きたくて、しかし親が許さなくて涙をのんだという過去を持つ少女であった。
今でこそ当時のギャルファッションを模した格好を貫くが、実は渡辺翔子時代のジウはそこそこしつけの厳しい家に育った娘だった。スカートのすそをあげる程度の改造も許されなかったし、アムラー全盛期のあの時代にバーバリーのマフラーはおろかルーズソックスだって履いてなかった。その上内気で引っ込み思案で友達もおらず、チタに携帯電話が登場するまで主流だったポケベルによるコミュニケーションをとくとくと語って聞かせたが、本当は持ったことすらなかった。
そんな孤独な日々を救ったのが親の目を盗んでみていたお笑い番組とお笑い芸人たちだったのだ。テレビの前で縦横無尽で暴れまわる彼らが活躍する劇場と同じ府内に生活しているのに、親は彼らと同じ空間にほんの数時間いることを許してくれなかった……。
その時の胸の張り裂けそうな悲しみと悔しさ、来世にまで引き継ぐありあまる未練を知っているから、ジウの説得はおのずと力が入る。
「絶対、絶対あんたの小屋の客足は増える!」
褐色の肌に目の周りを白く縁取った、プレヤマンバスタイルの少女に迫られて小屋主は及び腰になる。
最終的にはバックには第一王子がついているという王室ブランドがものをいい、小屋主は承諾する。
魔法の鏡で中継する芸人にジウが選んだのは、その小屋で頭角を現しだした、有名な神話や歌劇の一場面のパロディ寸劇をするギーチとトバコというコンビだ。
リズミカルで軽妙な言葉のやりとり、キレのある体捌きで演じるドタバタ、この小屋を通い詰めていたジウもチタも彼らのネタで何度も腹を抱えて笑った。元になっている神話や歌劇のストーリーを知らなくても十分面白かった。
しかしジウが彼らに白羽の矢を立てた理由はそれだけではなかった。コンビの一人であるギーチは均整の取れた体つきで関西人が何かというとすぐ口にする「シュッとした」という表現がしっくりするまあまあのイケメン、もう片方のトバコは猫のような耳が頭の両脇から生えていた異種族の青年だ。顔つきもどことなく子猫を思わせる童顔で、ラブストーリーのパロディを演じるときなんかは必ず女装して女役を受け持つ。それがまた似合っていて実に愛らしい。
要はアイドル性十分なコンビだったのだ。実際彼らが出演するときは、寄席周辺の下町地区に住むあだっぽくておきゃんなお姉さんたちがどっと押し寄せる。潜在的人気は申し分なしだった。
ジウの話を聞き、簡単な鏡の実演をみてからコンビのシュッとしたギーチはすぐ乗り気になってくれた。しかし猫耳を生やした異種族の青年トバコは、その耳を後ろに倒してあからさまにおびえる。
「やだよ、なんだよ。その鏡……そんなもんに映されるなんておれはやだよ。魂が食われちまうよ」
魂が食われるってそんな、生まれて初めてカメラをみた明治の人やないんやから……とチタはあきれたが、猫耳の青年の脅えっぷりは本物だ。
「ギーちゃん、おれの故郷のひいばあちゃんが言ってたんだ。変な呪いがかかった鏡に映るとバチがあたるって」
「バチってなんだよ。そんなもんあるわけないだろうが。近代魔法の世の中だぞ?」
シュッとしたギーチは呆れるが、猫耳のトバコは鏡を見ようとしない。
「ギーちゃんには魔力がないからわかんねえんだよ。その鏡はおっかねえよ。よくないバケモンが育ちつつあるよ」
ここまで脅えられると、開発者としてはあまり面白くない。
家の使用人が自分たちを異様に恐れるのも鏡の開発のためだとそのころには分かっていたから、チタもジウも思わずむっとする。
「バケモノなんていないわ。それに呪いでもない。ただかりそめの魂を宿しているだけよ。それだって簡単な命令を実行するだけの魂よ?」
「それがおっかないんだってば、わかんないかな~ああもう!」
じれたようにトバコは嘆く。
なぜ古い流派に属する魔法使いや、本能で魔法を操る異種族たちが鏡にかりそめの魂を宿すのを忌避するのかそれにはそれなりの理由がある。
魔法があり、魔力に満ち、モンスターや幽霊などと共存していることが当たり前なこの世界では鏡は実用品やインテリアとしてだけではなく、マジックアイテムとしての性格も有していた。このことは先に述べた通りである。
鏡は他の世界……悪魔や死霊など恐ろしい存在が行き来する異次元への入り口としても信じられ、大昔には信仰の対象ですらあった。この世界の古い民話や神話には、鏡を通って様々な悪神が顕れ様々な悪事を成すという種類のものが無数にある。今では笑い話だが、大昔には恐ろしい疫病は鏡の向こうからやってくると信じられていたほどだ。
鏡の管理は必ず人の手で行わなければならない。人の手の管理から離れた鏡には悪魔や死霊、悪鬼など悪しきものが宿り、そこから必ず災いが生じる。連中は鏡のかなたにある悪魔どもの国から地獄の大群を呼び寄せる。
それほど大切で崇高な鏡の管理を、ただ言われたことを実行するだけの魔法で生み出したうつろな魂に任せるなどありえない。その危険性を山下えみりと渡辺翔子のいた世界にわかりやすく伝えるならば、大量破壊兵器の発射ボタンの管理を子供に任せるようなものと喩えるのが一番だろうか。
であればこそ魔法使いたちは魔法の鏡を作る時は非常に慎重になった。鏡職人たちは悪鬼や死霊が宿らない清浄な鏡を作り上げ、魔法の技師たちは悪しきものが近づかないように聖なる文様を装飾し、魔法使いたちは主人の命令をかなえる使い魔に鏡を通ってやってくるであろう異次元の悪しき者たちから使える人間を守るようにきつく言い含めてから鏡に封じたのだ。
しかし、近代魔法の発展により、マジックアイテムとしての鏡の有効性は認められつつも「鏡の向こうには悪魔や死霊の住む世界がある」「人の手で管理をされない鏡は必ず災いを招く」といった言い伝えは次第に迷信扱いされてゆく。
鏡が異次元へのとびらだというのはあくまで象徴、映るのもただの影、悪しき世界への入り口などではない。まして疫病が鏡の向こうからやってきたりするものか。
魔法にあふれたこの世界を魔力に秀でた他種族をさしおいてほとんど魔力を持たないはずのただの人類が制覇したのは、魔力を持たず感知もできないただの人間でもロジックさえ理解すればだれでも従来の魔法と同等の効果を得られる近代魔法の発展させたからである。
ただの人類が異種族を制圧してゆく過程で、古い魔法に伴うあまりに非合理で感覚的な概念は切り捨ててゆくようになった。魔法から畏れが消失するにともない、鏡に対する恐怖も薄らいでゆく。
しかし、魔力を有するがその感覚に訴えかける概念を言語にする能力に乏しい異種族の民にとって鏡は依然として畏怖の対象だった。
鏡をそんな風に扱ってはいけないのだ。理屈ではないのだ。猫耳を持つ芸人のトバコには妙な転生人の二人の少女が持つ鏡に、言葉にできない「なんだかとてもいやなもの」を感じたのだ。
しかし相方のギーチは違った。
彼は野心家だった。貧しい芸人一家に生まれ親に殴られながら芸を仕込まれた彼には、いつか成功して大金を手にし大きな家屋敷で暮らして不遇な幼少期の復讐をはたすという夢があった。成功への執念がなせる業か、魔力はなかったがある種の才覚が彼には備わっていた。勝利の匂いを嗅ぎ取るという能力が。
博打でもここぞという勝負では絶対外さないことで仲間内では知られるギーチの勘が、妙な転生人が持ってきたこの鏡をみてから激しく騒ぎ出したのだ。自分たちをこんなシケた小屋から見たこともないきらめくような世界へ連れ出してくれると勘は鐘や太鼓を鳴らして訴える。
ギーチはおびえるトバコの肩をつかむ。
「なあ、トバコ? お前ひいばあちゃんの顔を最後にみたのはいつだ?」
「ええと……オレが故郷を出たっきり会ってないから四年にはなるかな? いっぺんおれらの芸も見せてやりてえんだけど体を悪くして遠出もできねえからこっちに来ることも無理だって話だし……寂しいなあ。帰りてえなあ」
「この鏡さえあればひいばあちゃんにいつでも元気な姿みせてやれることができんじゃねえかよ。なのになにワケわかんねえこと言って渋ってんだよ、バカかお前。ひいばあちゃんに孝行できるチャンスを棒に振る気かよ!」
おお!
チタとジウも強力なギーチの援護射撃に顔を見合わせた。ジウがすかさずぐいぐいと食い込む。
「そういう話であれば鏡をトバコさんのご実家へ配達するよう手配いたしましょう。これはお二人に協力をお願いするわたくしたちからのサービスです」
「……ば、バカ言うない。オレのひいばあちゃんがそんな怪しげな鏡受け取るはずねえって」
口では言うが、ギーチの口車でトバコの心が若干揺らいでいるのは二人にも見て取れた。猫耳がさっきより立っているのだ。
ジウの目がぬかりなく輝く。
「確か……トバコさんはひいおばあ様の愛を一心に受けて大きくなられたんですよね? 芸人になるのを応援してくださったのもご家族ではひいおばあ様おひとりだったとか?」
「ああ、うちは故郷で代々害獣駆除屋をやってっからよ。父ちゃん母ちゃんは夢みてえなこと言ってねえで店を継げってそればっかりだったよ。……お前よく知ってるな、そんなこと」
「当然です。わたくしはあなた方のファンですもの」
実際、ジウはお気に入り芸人のプロフィル-を集めてファイルにするのをアカデミーにいたころから最大の趣味にしていた。前世からのお笑い芸人ファンの血がそうさせたのだろう。
あんな趣味が思わぬところで役に立つとは、ジウの隣でチタはこっそり感心していた。
「そんなひいおばあ様なら、どんな手段をつかっても愛するひ孫であるトバコ様の活躍を目にしたいとお望みの筈です。満員のお客様を笑わせ楽しませるトバコ様のお姿を。ええ、どんな手段を使っても」
ジウはトバコの目を見つめながら、ニッと笑いかけた。この世界では異様ないでたちなのも相まって、その笑みには不思議な迫力があった。それこそ魔法のような。隣にいるチタの感心は深まる。ジウにこんな能力があったとは。
「先ほども申しました通り、この鏡は安全です。トバコ様が心配なさるような恐ろしいものなどありはしません。なんといっても我が国の王子様が保証してくださってる鏡なのですよ? ほら、ここには王家の刻印がありますでしょ?」
「な、ほら。王家がバックについてらっしゃるんだぜ? なのにお前がビビりすぎると今度は不敬罪ってことになっちまうんじゃねえか?」
ギーチのバックアップもあり、愛する肉親への愛をカタにとられた格好のトバコは、なしくずしで鏡の中継のデモンストレーションに協力することを了承した。
最後にものをいったのはまたも王室ブランドであった。
「……あんまり王家や王子様の名前を出さん方がええかもなあ」
帰り道にチタは呟いた。
「家やら資金やら世話になってるのに、これ以上貸しをつくるのは、なんちゅうか、よおない気がする」
二人をさんざん罵倒した老魔法使いが宮廷内の勢力争いに負けて田舎へ隠遁することを決めたことが新聞で報じられて数日たっていた。
アカデミーにいた頃は政治に無関心だった二人のもとへも、温室の外へでてみれば浮世の噂は耳に入る。自分たちのパトロンの、あまりよくない評判だって。
チタの不安も、トバコが鏡に対して感じたような言葉出来ない漠然とした不安同種のものだ。
「かもなあ~。ま、でも今回くらいやで。絶対この計画は成功すっさかい。みてみ、次からは他の寄席小屋からも似たような鏡を作ってくれって言うようになるから」
ジウはしかしえらく楽天的だった。
こんな雑なジウの見通しどおり、半月ほどたつと他の寄席小屋の主たちが自分たちの小屋にも似たような鏡を作ってくれと二人の元にもちかけるようになった。
ギーチとトバコののいる寄席小屋の主が半信半疑で売り出し、田舎からやってきたおのぼりさんや下町のお姉さん相手になんとかうりさばいた鏡の反応は半月後に現れたのだ。
「聖堂詣でにいった近所のおっちゃんのお土産の妙な鏡で見た芸人のネタが見たくって……」
そういって王都に観光や仕事で訪れた者たちが嬉し気に小屋にやってくるようになった。
「ギーちゃんたちが出てる小屋ってここ? おともだちが持ってる鏡を見てファンになったの」
目を輝かせたお姉さんたちもやってくる。
鏡を通してこの小屋にやってきたお客たちは、自分たちもお土産に鏡を求めて帰っていった。それが二度三度くりかえされると、寄席小屋前には長い行列ができるようになる。鏡ではギーチやトバコ以外の芸人のネタも映されていたため、それを見て他の芸人のファンになったお客たちもやってきた。
小屋の主は、最初渋っていたことも忘れほくほく顔で二人に鏡の追加発注をかける。
この小屋の成功を目にした他の小屋の主たちも、自分たちにもぜひとも似たような鏡を作ってくれと打診するようになる。全く、ジウの言った通りだ。
大量の鏡づくりはとうてい二人の手には間に合わず、王都の工業地区にある小さな鏡工場を買い取って(やっぱりここでも最終的に役にたったのは王子様の名前だった)、鏡の大量生産に二人は取り掛かった。
そんな中、ジウが約束通りに送った鏡を受け取ったトバコの曾祖母の身内から一通の手紙が二人の元に届けられた。
鏡をみて曾孫よりも激しく恐怖した曾祖母だったが、そこに映し出されるかわいい曾孫の活躍を見るなり一変したこと。体の自由が利かず、時に気難しくなりがちだったが曾孫たちのネタをみて笑ううちに生来の朗らかな性格を取り戻していったこと。曾孫のネタを見ながら百五歳の大往生を遂げた旨などが記されていた。
芸人になることを反対し勘当した手前表立って不肖の息子の活躍を誉めることはできない愚かな親ではあるが、お前の人生に祝福があらんことを常に祈っているとどうか伝えていただきたい……というような趣旨のことでその手紙は結ばれている。
おそらくトバコの両親は、鏡を作ったのが転生人の小娘二人だとは想像もしていなかったのだろう。立派な大人に対するような礼を尽くした心温まる手紙で、二人も思わず涙ぐむ。
「伝えていただきたいって……そんなん直接言うたらええのに」
「ほんまや。でもなんかそういうのってドラマっぽいよな」
この世界が平穏だったころに世を去ることができた老婆の一件は、この時期の二人の幸福な記憶となった。
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