第4話 地始凍 ti hajimetekoru
その日は朝から城内が騒がしかった。
慌ただしく行き来する侍女たち、何かを耳打ちし合う家臣。不穏な空気は一目見てとれたが。魔王軍が攻めてきたのであればもっと切羽詰まった状況にもなろう、第一王子である自分にまだそんな一報は届いていない。
下働きの少年が青ざめた顔で駆けていく。呼び止めて事情を問えば、王が城内の男たちを次々尋問にかけているという。少年の父親も今朝早く連れて行かれ、まだ戻らない。
グラシアは精霊神を祀る国であり、一切の殺生は禁じられている。
王に背く者がいても死刑にはならない。
心配するな、すぐに戻ってくるさと無責任に励ますこともできたが、変に胸はざわついた。俺が直接王と会って状況を確認するしかない。
珍しく声を荒げ何かを激昂する王。うろたえ戸惑う人々。
「本当に。本当に何も知らないのです。王よ、お赦しください」
「父上。これは何事ですか。国民が怯えております。魔王ではなくあなたに」
やんわりとした物腰だが的確に相手の勢いを削ぐ。ついに絶望しすぎて気が触れたか、そんな一抹の不安もなくはない。
疲れた顔でぐっと感情を抑え込み、父は言葉を吐き出した。
「王子か。」
尋問にかけていた相手を下がらせて、落ち着きを取り戻しはしたがそれでも忌々しそうに低い声で唸る。
「いつまでも
「こども?」
「マリアベーラだ」
「お言葉ですが父上。マリアベーラはもうじき齢十六です」
「だがあれは器量が幼い」
まるで十にも満たないと首を振ってから、話を続ける。
「懐妊した」
とっさに二の句が継げず思考が止まる。
あやうく「それはめでたいですね」などと口からこぼれそうになる。
目の前の父がめでたいなど露ほども思ってはいないのは明白だ。
さんざん娘を放っておいて今更なんだ。世間体か。一人娘を魔王の生贄にでもしようと思っていたのか。一度もきいたことがない、マリアベーラの幸福について、この男が何を考えているかは。
「マリアベーラを穢した不埒な輩がいるのだ。しかしマリアベーラに何を聞いても話が通じぬ」
「父上のお言葉が難しいのです。意味のわかりやすい言葉を選んでゆっくり静かに話せばマリアベーラとは普通に話せます」
「気を使わねば会話にならないという時点で普通ではない」
幼子相手であれば少しくらいかがんで目線を合わせるのは、普通に、大人の嗜みではないのか。否。今更父と価値観のすり合わせなど意味がない。
Δ外伝、精霊神の国グラシア 叶 遥斗 @kanaeharuto
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