第3話 山茶始開 tubaki hajimetehiraku


 例えばの話。品行方正で真面目で、過去に問題など一度も起こしたことのない人間がいて、皆が信頼を寄せ仕事を任せていたとしても。俺はそいつを信用などしない。


 簡単な話だ。相手は俺と同じで腹の中は読めない。何を考えているかなど、わからないのだから。むしろ何故皆は思ったことを思ったまま口にし、聞いた言葉や見たものをそんな素直に鵜呑みにするのだろう。疑わないのか。


 俺がこの世で唯一心から信じられるのは、マリアベーラ、お前だけだよ。


 大人はお前に失望し期待しない。お前も相手に媚びず気にもとめない。無邪気で無垢で、自由で。俺にはよく懐いてあとをついて回る。


 重苦しい時代の最後の希望。俺にとってはマリアベーラだけが光だった。


 いい子の振りなどしなくてよかった。お前の前でだけはありのままでいられた。



「お兄様」


 善と悪の分別、そんなものは誰かが決めた一般のルールだ。一般に悪となされるそれをしてはいけないことは理解はできる。理解したうえで、自分がそのルールにどこまで従うのかは、結局のところ個人に委ねられているのだ。罪はいつか裁かれる。わかったつもりでいた。悪は自分。咎は自分。何も知らないマリアベーラは幸福でいられると、その頃は愚かにも思ってしまっていたのだ。


 思考がその先の悲劇を予測できなかったのは、一時の光に俺が甘えたせいなのだろう。


 千年魔王がいてもいなくても。たとえどんな時代に生まれていても。

 俺はお前を変わらず愛しただろう。


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