第29話 俺の忘れた時間



「じゃあ欲しいのじゃんじゃん入れてね!うちも食料品くらいしか見ないから。」

「あ、すいません。ちょっと僚哉君お借りしますね。」

「ん?どこいくの?」


 突然手を引く麗華。向かう先は食料品売り場、ではなく洋服やアクセサリーやその他諸々専門店街。

 麗華は歩きながら振り返りもこちらを見もせずに言う。


「僚哉君、振り返らないでね。後ろに、僚哉君も知ってる二人がついてきてるから。」

「俺も知ってる二人……それって……!」


 麗華はやはり振り向かずに、小さく頷く。


「なんで麗華がそれを……もしかして」

「そうだよ。僚哉君、死んじゃったんだよ。知ってる。死んじゃったら記憶が無くなるって事も、もう知ってる。」

「俺、まーた死んだんかぁ……じゃあ、どうする?」


 どうする?

 それは、まず現状の把握。麗華が覚えているという事は、麗華は死んではいないという事。何が起きるのか、起きたのか、どのように動いてどのように失敗したのか。それを聞いて、今度こそその二人を撃退する。

 そういう意味の、『どうする?』。

 しかし、麗華は俺の手を引いたまま、歩きながら。

 ボロボロと、涙を零した。


「ごめん……ごめんなさい、僚哉君。私、もう無理です。何をしても、何度挑戦しても、駄目だった。僚哉君を何回も死なせちゃった。」

「一回じゃ、ないのか。」


 麗華は涙を拭いもせずに歩き続ける。


「僚哉君が隠してた事も、聞きました。ごめんなさい。同じ境遇とか、自惚れててごめんなさい。力になりたいとか、甘えて下さいとか、生意気言ってごめんなさい。」


 麗華はようやっと足を止めると、深々と頭を下げる。


「ごめんなさい。私、もう堪えられません。でも、自分で死ぬのは怖いんです。本当に、迷惑ばかりかけてごめんなさい。」


 麗華の足を止めた場所は、調理器具の専門店の前だった。






 なまくらじゃない、上質なナイフを一つ購入し、またも二人でトイレに入った。今回は障害者用の広い個室だ。


「麗華──」

「僚哉君」


 ナイフを持つ俺の手を、麗華はそっと握って首元に誘導する。


「お願い。」


 考え直せとか、もう一度やり直そうとか。

 そんなセリフは、喉に詰まって出てこない。

 麗華が、何度繰り返しているのか、わからない。もしかしたら今と同じ状況になって、俺に説得された事もあったのかもしれない。

 それでも、俺はまんまと死んだわけだ。そうして、麗華はここまで追い込まれてしまった。


「辛い思いさせたな。ごめん。」

「僚哉君が謝ることなんて、これっぽっちもありません。」


 また、麗華を殺さなきゃいけないのか。

 あの時の感触を思い出して。

 吐き気がして。

 息が上がって。

 手が震えて。

 震える手を、麗華が包み込んで。


「謝るのは私です。僚哉君にばっか、頼って辛い事させてばかりで。……今も。」

「……いいんだな?」

「はい。」


 ひと思いに、苦しまないように。


「──ッ!」


 思い切り首に突き刺し、引き抜く。

 空いた穴からは噴水のように赤い水が吹き上がり、天井を染める。

 俺の手を包んでいた麗華の力は次第に弱まり、張り詰めた糸が途切れたように垂れ下がる。

 血って、こんなに流れてたのかと思うほど、流れる勢いは衰えない。


「事前情報なしで、やりなおしか……」


 これでまた、麗華は記憶を失う。それで、俺一人でやり直しだ。

 麗華を巻き込んではまた同じ思いをさせてしまうかもしれない。俺一人で、なんとかせねば。


「麗華は忘れられたんだよな。……いいなぁ。」


 いいなぁ。

 なんか、疲れた。

 俺も、忘れられれば楽になるのかなぁ。


「って、俺は何を……」


 あれ?

 俺が死んで、麗華がなんどもやり直して。

 そして今度は麗華が死んで、俺はこの後どうなるのだろう。

 もしかして、これをずっと二人で繰り返していたり、しないだろうか。

 だったらいっそ、俺もこのまま……


「俺は……」


 麗華の血に濡れた、ナイフ。

 それを、自分の首に突き立てる。


「ごめん、麗華。俺も、もう忘れたい。」


 そういえば、二人共死んだ時というのはあったのだろうか。もしここで二人死んだら、それで時間は進んだりしないだろうか。

 だったら。

 その方が、楽だ。

 それに。


「お前を二度も殺した記憶なんて俺……堪えられねぇ。」


 突き立てたナイフを、先よりも強く、力を込めて。











「……ーい、僚哉、りょーやー!」

「ん?あ、おう、なんや」

「どした?急にぼーっとしてたけど」


 目の前には、いつも通りの友人二人。えーと、なんだっけ、ホームルーム終わったとこだったっけ。


「いや……なんか……」


 ただ、何というか、違和感と言うか。


「なんか、夢見てたみたいな……」

「はぁ?何だソレ」


 大切な事を忘れたような。忘れてないような。

 でもまぁ、忘れたなら大した事ないのかな。


「カラオケ行こうぜ!」

「ん、そだな」


 まぁ、取り敢えず。

 遊び行くか。



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君の忘れた時間と 新木稟陽 @Jupppon

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