1 モンスターのポップする文芸部室
VSゴブリン その1
事の始まりは、桜の甘い匂いが鼻を刺激する、4月のある日。
「これでよしっと」
俺、
何箱あるかわからないこの山には、多彩で由来不詳な備品が雑多に詰め込まれている。その箱があまりにも不揃いに詰まれて、ただでさえ畳六畳ほどの広さしかない部屋の一部分を占拠していたもんだから、俺はスペース確保のためにと、整理整頓していたのだ。
なんでそんなことをしてたかって?
そりゃあ、当たり前のことだ。何たって俺は、この部室を使用する、三好高校文芸部の……。
ガラガラッ。
「やほーマサカズ、雑用ご苦労さん」
雑用係ではなく、部長だからだ。
「雑用言うな。俺は部長としての務めを果たしているだけだ」
無遠慮に戸を引いて入ってきた女子を、俺はギロリと睨んだ。
わりかし清純派なうちのセーラー服を、赤いリボンの結び目の位置を下げることで、チャラく着崩した彼女、名は
体育の授業の際、男子更衣室代わりに使ってた教室に、ノックもせずズカズカと入ってきて、そこで着替え中の男子達の奇異の視線をもろともせず用事を済ませて出ていく、という事例が何度か起きて、先生にこっ酷く指導されたという前科がいい例だ。
そんな彼女は例のごとく、ふんっ、まあいいけど、と少々トゲのある口調で返してきた後、部屋の奥へと歩いていった。
そして部屋の面積の約半分を占拠している長机の一端にスクールバックを乗せ、設けられている椅子に腰掛けると、何か思い付いたように、再び口を開いた。
「そういえば今日、新入生来るんだっけ」
「ああ、そうだっけな」
ひとしきり整理を終えた俺も、渚の対面席に腰掛けて、ほっ、と小さく息をつく。
落ち着いてみると、外から薄らと運動部の喧騒が聞こえてくる。文化部としてはこの上なく心地いいBGMだ。ほっとする。
「確か、一年の女の子が一人、入ってくるって話よ」
机に両肘を付いて、顎を手のひらに乗せつつ、渚は言った。
「女の子かぁ。こりゃ可愛い後輩ができそうだな」
「君みたいな気難しい男の背中を追いかけてくれる後輩なんて、どこにいるのかしらね」
「うっせえ、俺が気難しくなるのはお前がヘマをやらかしてくるせいだ。関係ないやつにはちゃんと優しくするさ」
どーだか、と言いつつフフッと嘲笑ってくる渚。
フンッ、馬鹿にしやがって。この横暴女め。
とかく、与太話に
「はいはいっ、どちら様?」
「あの、今日から文芸部に入部することになった者ですけど……」
期待大。少し高めの、爽やかで可愛らしい女声が聞こえてきた。
「どうぞー」
そう声をかけてやると、ガラリと引かれた戸の奥から、やや小柄な女の子が、中の様子を伺うように、ためらいがちに入ってきた。
いや、予想通りというか、予想以上に可愛い。
ふわりと自然に盛り上がった黒髪ショートボブ。その下には、ややあどけなさのある、可愛らしく大きな瞳。並より高くて小さい鼻。ちょこんとついた口。渚と同等、いやそれ以上の美少女が、そこにいた。
「は、はじめまして。えとえとっ、一年B組の、
大袈裟に頭を下げた結果、そのまま転がり込む彼女。ヤバい、この誠意丸出しのドジ感、可愛すぎる。誰かさんの若干あくどいのと違って。
「だ……大丈夫? 音羽さん」
「……大丈夫、です」
渚の伸ばした手を申し訳程度に拝借して立ち上がった彼女は、乱れた服をパッパッと払うと、ふぅ、と息をついた。
「ごめんなさい。私、焦るといつもダメで」
「大丈夫、あたしもよくヘマするから」
「渚、お前はもう少しわきまえろ。それと、音羽さん、大丈夫だよ。全然気にしないから。気楽に行こうぜ」
「何この扱いの差」
ジト目でこちらを睨んでくる渚はさておき、俺は、緊張と焦りに悶える新たな後輩に、穏やかな笑みを向けてやった。すると案の定、ありがとうございますっ、先輩、と微笑み返してくれる後輩。いやぁ、いいっすなぁ、可愛い女の子に先輩って呼ばれるの。
「おう、それと俺は
「い、いえ、そこは川瀬先輩にしておきます。何だか図々しいので」
少し引き気味にそう答える音羽。ま、まあ、そうっすよねー。いきなり名前呼びってのは、ね。
「わかった、じゃあ俺も、音羽って呼ばせてもらうよ」
「は、はい。それでお願いします」
「あたしは春風渚よ。よろしくね、音羽さん」
二人の会話に、思い出したように入り込んでくる渚。
「はい、よろしくお願いします渚先輩!!」
ん? 何だこの違和感。渚先輩って……春風先輩じゃなくて?
「なあ音羽、なんで渚は、名前呼びなんだ?」
「それは、恐れながら、なんか親近感が湧くんですよ。川瀬先輩だって、名前呼びしてるじゃないですか。多分同じ理由ですよね?」
刹那、俺の胸に、野太い槍が突き刺さった。うう、なんか無性に悔しい。何故だ。確かに俺も、渚って呼んでるけど、それはまあ、そこそこ親しいから、というよりは、それが呼びやすいからであって……。
うん、つまりは、そうなんだよなぁ……ガクリ。
「フフンっ、残念だったわねマサカズ。言ったじゃない。気難しいあんたに理想は叶えられやしないって。でもまあ、あたしならいくらでも呼んであげるわよ。マサカズせんぱーい?」
「やめろ、マジでやめろ」
俺の心をこれ以上オーバーキルしないでくれ。あと、お前に言われても前々嬉しくないし、むしろイライラしてくるから。
落胆の末に膝をついた俺を見て、私何かまずいことを!? とオロオロ慌て始める音羽を、俺は片手で制した。大丈夫だ、問題ない、と。
ふんっ、上等だ。いつか、最高の先輩になってやるぜ俺は。見てろよなぎさあ。
「あの、ところで先輩方、一つ質問してもいいですか?」
突如、訝しげに顔をしかめて、音羽が問うてきた。
「ん、どうした音羽?」
「いやその、ここって、文芸部ですよね?」
「そりゃあそうだが、何か、別の部活に見えたか?」
いえ、別の部活と言いますか……と語尾を濁し、寸刻、顎に手を当てて何やら思案に浸る音羽。しかし、すぐさま口を開いて言うことには
「この部活、生き物飼ってるんですか?」
そのまま、俺達の背後を指さす。
不審に思い、振り返ってみる俺達だったが……。
「何だよ、あれ」
「うわぁ、何あれ」
窓のそば。先程まで何もなかったはずのその場所に、奇妙な影が一つ。
濃い緑色の肌に、先の鋭い耳。極めつけに、天狗みたいに長い鼻を持った、短身腹ボテの裸体人型生物が、のそっと佇んでいた。
モンスターのポップする文芸部 青野はえる @Ndk_ot
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