「……棘縉嬢、オレは外の空気を吸いに行きたいんです。どうか貴女は宴席のほうへ戻って……」

「あら、余所余所しいんですのね。キョッシーでよろしくてよ」

 オレは、引き離そうとしてもなお腕に絡み付いてくるこの令嬢に辟易していた。姉上と自分とで向けられる宴席での視線の違いにもウンザリしていたし、この少女から離れたいがために抜け出てきたようなものなのだが、目敏く見つかってしまい、このような状況に陥っている。

「わたくし、沐漣さまが向う場所ならたとえ火の中水の中、どこへだってともに参りますわ」

「……一人になりたいんです」

 溜息と共にそう吐き出した時、視界の端をスッと通り過ぎていったものがあった。黒い影、それは……。

「咲枝……?」

「あっ」

 一瞬のスキをついて棘縉から腕を抜くと、オレは我知らず咲枝の姿を追いかけていた。

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