「いやぁ~助かりましたぞ! まさか金糸雀の皇子、皇女両殿下にお救い頂けるとは、この旭晨家を代表して厚く御礼申し上げます」

「いえ、私たちもちょうど通りかかったものですから、大したことはしていませんわ」

 旭晨家当主の挨拶に、紅はよそゆきの声音で応対する。魔物の軍勢を全て打ち負かした後、咲枝を除いた沐漣、紅は、旭晨艇居住区の客間にあたる部屋へ招待されていた。貴族の住まう旭晨艇に、この世界の住人であれば平民であろう咲枝は、入るには身分不相応と見做されたのである。紅や沐漣は同席させる気満々だったのだが、如何せん旭晨家の人々が渋い顔をしたため、致し方なく紅の船で留守番させることとなった。

「いやはや、今宵我らはちょうどこの旭晨艇にて夜会を開く予定なのでございます。両殿下におかれましても、是非ご参加下さればと。一家総出でおもてなし致しますゆえ」

(今宵【も】、の間違いでしょ)

 貴族艇の貴族たちが夜毎飽きずに夜会を開いていることは周知の事実である。しかし、そんな内心はおくびにも出さずに、紅はにっこりと笑顔を保つ。そこへ、我慢ができないといった体で、令嬢の棘縉が沐漣に飛びついてきた。この棘縉というお嬢さまは、どうやら先ほど助けられたことで、沐漣のことをすっかり気に入ってしまったようなのだ。

「沐漣さま! 先ほどのお礼もご用意致しましたの! もちろん、沐漣さまもご参加下さいますわよね?」

「いや、オレは……」

「それは素晴らしい提案ですわ。一晩滞在させて頂くだけでもありがたいのに。折角ですからお呼ばれしようかしら」

 沐漣が渋っているのをわかっていて、紅は敢えて無視をした。ここで誘いを断るのは礼儀上あまりよろしくない。紅が言外にそう伝えてきているのを悟って、沐漣も渋々承諾した。

「では、オレは咲枝を呼んで……」

「あら、あの娘は駄目ですわよ」

 棘縉が態度をコロッと変えてそう言った。その表情は嫌悪感を隠そうともしていない。

「旭晨の夜会に出席できるお方は、ある一定以上の身分の者のみと決まっておりますの。あんなどこの魔物とも知れぬ小娘、入れる訳には参りませんわ」

「なっ、咲枝は魔物なんかじゃ……」

「さ、沐漣さま、お仕度のお手伝いを致しますわ。どうぞこちらへ」

「それが良いわ。レン、咲ちゃんには私から伝えておくから」

 そう言ってヒラヒラ~っと手を振った紅を見る沐漣の苦い表情には、「裏切るおつもりですか!」とありありと書かれていたのであった。

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