「くっ……なんですの、この数の多さは」

 旭晨家の令嬢、棘縉(きょくしん)はもはや疲れきっていた。貴族艇は大型船から独立した飛行船という性質上、魔物にはつけ狙われやすい。棘縉が物心ついてからも、その襲撃は幾度と無くあり、旭晨艇はその度にその群を退けてきた。とはいえ、今回の数は常以上のものだった。得意の魔術での応戦も、魔力が尽きれば役に立たない。既に棘縉の魔力は残り少なく、今にも底を突きそうだ。

「お父さま、増援はまだですの!」

「近くに大型船が存在しない! そう多くは望めない、なんとか耐えてくれ!」

「そうは仰られても……きゃっ!」

 父との会話に気をとられて足を縺れさせ、棘縉はその場に尻餅をついた。眼前には一頭の魔物が迫っている。恐らく反撃は間に合わない。棘縉が杖を頭上に翳し覚悟を決めた、その時……。

 ザジュッ!

「怪我はないか」

 現れたのは、結った白金の髪を風に靡かせ、一振りの剣をその手に携えた、蒼の瞳を持つ少年だった。棘縉はその少年に見覚えがあった。直接の面識は無いはずだが、その顔は確かに、記憶のどこかに引っかかって……。

「退いていろ、疲れが見える。あとはオレたちに任せて、負傷者の治療を……」

 棘縉を助け起こしつつそう言った少年――沐漣の横を擦り抜けた黒い影があった。紺の衣に身を包む、咲枝である。沐漣はギョッとした。

「咲枝! お前も退いてろ! ここはいいから船の中に……」

「モーリィ!」

 咲枝は沐漣の発言は無視して、意味不明な言葉を発した。途端、咲枝の周りに黒い気配が現れ、それらが形を成してあの蝙蝠のような魔物が姿を現す。沐漣は驚きに目を見張った。傍らで抱きかかえられている棘縉も突然のことに身を強張らせている。

「あっちの魔物、ぜーんぶ蹴散らしちゃって!」

 そんな二人の様子は気にも留めずに、咲枝は魔物に指示を飛ばす。蝙蝠型の魔物はそれに従い、次々に標的を消滅させていく。

「ヒューゥ。咲ちゃんやるー。よーっしあたしも!」

 口笛を鳴らした紅が、咲枝に倣って魔物を撃退し始める。紅の魔術は強力だ。本人が【大魔女の再来】を自称するだけあって、一つの火の玉だけで同時に何体もの魔物を潰してゆく。

「……何故【モーリィ】なんだ?」

 漸く発した沐漣の呟きを耳聡く聴きつけた咲枝は、こともなげに答える。

「……蝙蝠みたいだから?」

「ったく……いつの間に操れるようになったんだ」

 呆れた声でぶつぶつ言った後、棘縉をしっかりと立たせてから沐漣も追撃に向った。一連の動作を呆気にとられて見ていた棘縉は、敵の渦中にあるにもかかわらず、暫くその場を動けないままでいたのだった。

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