その夜。わたしは紅さんの船の甲板に出て、その身に夜風を受けていた。今日はとにかく、予想だにしなかったことが色々と起こりすぎた。混乱する頭を整理するためにも、落ち着ける場所に出たかった。本当は一人でゆっくり考え事をしたかったんだけど、そこへ沐漣さんが現れた。

「沐漣さん」

「……で構わん」

「へ?」

「レンで良いと言っている。ついでにその敬語もよしてくれ。自国の民でもない、ましてやこの世界の住人ではない者にまで敬意を表されるのは、なんと言うかその……くすぐったいものがある」

 紅さんによって自分が異世界人であると診断されたことに、わたしは抵抗を感じてなかった。むしろ、自分の勘が間違っていなかったことにどこか安堵さえしたほどだ。だけど、今の沐漣さんの言い分には頷けない。

「そんなこと言ったって貴方、歳はいくつ? 国とか関係なく、歳上は敬わないと」

「今年で十六になる」

「……嘘」

 わたしは少なからずショックを受けた。彫りの深い人が総じて歳上に見えるとまでは言わないけど、わたしから見た沐漣さんは、その顔のつくりから、絶対に歳上だと信じて疑わなかったのに。

「嘘とはなんだ。そういうお前こそいくつなんだ、女性に歳をきくのは失礼だと言うが、オレだけ教えといてそっちは秘密、は不公平だぞ?」

「……十八」

「………………え?」

「良いのよ……正直に童顔だと言ってくれて」

「いや、その……凄く、意外だな」

 顔を背けて口元に手を当てながら、一応言葉を選んでくれたのか、控えめに感想を述べてくる沐漣さん。わたしは悔しさを隠しきれなくって、口を尖らせてついぼやいた。

「西洋人は大人っぽく見えるのって本当なのね……」

「セイヨウジン?」

 沐漣さんの困惑顔に、わたしは「あぁ、この世界では西洋も東洋もないか」と思い至る。

「なんでもない。じゃあお言葉に甘えて、レンって呼ばせてもらうことにするわ」

 そこまで言った時だった。わたしは喉が急に引き絞られるような感覚に陥った。気管がヒュウッと音を立てるのが、身体の内側から聞こえてくる。わたしにとってそれは、かなり久しぶりの危険信号の発令だった。

(マズい、これは……!)

「咲枝? どうした?」

「……ッ、ゲホ、ゲホゴホッ!」

「姉上! 姉上、近くにいらっしゃいませんか!」

 レンの紅さんを呼ぶ声を聞きながら、わたしはその意識を、頭の奥深くに沈めていったのだった。

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