「ゴメンね。うちの侍女たち、ちょっと教育が足りなかったみたいで……」

 凍れる泉から採集した結晶石を回収して、わたしと沐漣さんをご自分の飛空艇へ拾うなり、紅さんは開口一番にそう言ってきた。けど、わたしにはなんのことだかわからない。

「え?」

「ほら、レンの船に乗ってた侍女たちいたでしょ。あの子たちの中に、咲ちゃんのこと告げ口したのがいて、それであんなことになっちゃったみたい」

 あんなこと、とは、わたしが城で繰り広げた逃走劇のことだろう。あの騒ぎを聞きつけた紅さんは、「沐漣さんと聖気の結晶石を集めてくる」という名目でご自分の船を出して、地上に落ちたわたしたちのことを探しに来てくれたらしい。そう、今わたしたちが乗っているのは、紅さん個人が所有している飛空艇なのだという。

「告げ口、って、なんでまたそんな裏切り紛いなこと……あの人たち、沐漣さんの臣下じゃないんですか?」

「? レンは従者を持てないわよ? 少なくとも皇子の間は、あたしの侍女を充てることに……」

 紅さんの回答に、わたしは納得がいかなかった。皇子なのに従者が持てないとは、一体どういうことなのだろう。至極真っ当な疑問だとわたしは思ってたんだけど、紅さんがしようとしかけてくれた説明を、沐漣さんが明らかに不自然な形で遮った。

「姉上、そんなことより、コイツの身体はどうなのですか?」

「……あぁ、そうね」

 沐漣さんの話題転換の唐突さには、まるで敢えて言及しないように、紅さんはわたしへ向き直った。紅さんに請われて、わたしはこの事態に陥るに至った、到底信じてもらえないだろう経緯について手短かに説明した。階段から落ちたこと、車にぶつかって撥ねられたはずだということ、気がついたら沐漣さんの船の燃料室にいたこと。 それらを聞いた紅さんはわたしのほうへ手を伸ばして、掌を胸からお腹にかけて、何かを探るように動かしてきた。直接触るんじゃなくて、表面をなぞるようなその動きに、わたしは逆に居心地の悪さを覚えた。

「咲ちゃんには、咲ちゃん個人の聖気が全く感じられないのよね……」

「聖気……というと、あの結晶石みたいなやつですか?」

「あれとはまた別。この星――輝華っていうんだけど――の人間は普通、その人固有の聖気を各々内に秘めてるはずなの。それが咲ちゃんには、ない。代わりに、今あるのは咲ちゃんが結晶石から吸収した、世界を構成するほうの聖気だと思うのね」

 わたしの質問に、紅さんは「う~ん」と唸りながら答えてくれる。突然、この星に存在しなかったはずのわたしが現れたことにせよ、結晶石から聖気を吸収してしまうことにせよ、いずれも紅さん自身がこれまでに出会ったことのないケースだったらしくって、自信なさげだった。後で聞いた話だけど、姉弟である沐漣さんにとっても珍しいくらい、この時の紅さんの答える声は、歯切れが悪かったらしい。その上、更に言いよどむように、紅さんは顔を顰めた。

「それから、これは多分、なんだけど。咲ちゃんの中には、魔気も潜んでる。普通は人間にはあるはずのない、魔気が」

 これには、わたしだけじゃなくって、沐漣さんも大層驚いていた。動揺に目を見開いているように見える。

「姉上、それはどういう……?」

「貴方たち、金糸雀に戻る前に魔物と交戦したんでしょ? その時に咲ちゃんが手懐けた……失礼、この言い方は語弊があるわね。ともかく、仲良くなった魔物の魔気なんじゃないかと思う」

「つまり、今もまだあの時の魔物が体の中にいるということですか?」

「そうとしか考えられないのよねぇ、今のところ」

 紅さんはふぅ、と溜息を吐いた。沐漣さんがドスンと乱暴に近くの椅子に腰掛ける。この事態を嘆くかのようなその態度に、嘆きたいのはこっちのほうだ、とわたしは思った。

「咲ちゃんは、ジドウシャ、だっけ? その鉄の塊にぶっ飛ばされて死んだはずだって言いたいのよね?」

「はい。ですからわたし、ここは天国か地獄じゃないかと思ったのですが……」

 さっきのわたしの身の上話を頭の中で反芻しながらなのか、紅さんは首を傾げて何事かを考えていた。

「残念ながら、と言ったほうが良いのかしら? もうわかってると思うけど、ここは咲ちゃんが思ってるようなあの世の場所じゃない。聖気で構成された人間と、魔気で構成された魔物が争いながら生存している、れっきとした一世界よ」

 言って、紅さんは俯きながら腕を組んだ。まるで次にご自分がなさろうとしている発言に、彼女自身納得がいかないかのようだった。だけど、不安そうにしているわたしを前に、一つの仮定を提示してくれた。

「咲ちゃんは多分、この星の人じゃない。信じられないけど……咲ちゃんは、まるで別世界から来たとしか考えられないわ」

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