同時刻、再び玉座の間にて。第一皇女・紅姫は、この国の女皇帝の前で、憮然とした表情で立っていた。

「全く……お前が皇子だったらと、そうであればどんなに良かったかと、今でも思うよ紅……」

(またこの話か……)

 詠花には気付かれないように、密かにフゥ、と溜息を吐く。この女帝が弟皇子・沐漣を差し置いて紅贔屓であることは、この艦内では周知の事実だ。しかし、皇位継承権はとっくに沐漣のものとなっている。紅自身も保有しているが、それはあくまで第二位なのであって、優先されるべきは沐漣その人なのである。いくらこの国の最高権力者であれ、今更覆すことなどできはしない。それがわかっていて尚、この皇帝は愚痴るように紅にしばしばこぼすのだ。

「……陛下、お言葉ですが、私もうその言葉聞き飽きました。私はどう頑張っても皇子にはなりえないのです。諦めて下さいまし」

 紅だからこそ許される言葉を口にした時、バタバタと慌ただしく、兵の一人が駆け込んできた。途端に、詠花の表情が不機嫌なものとなる。

「なんだい、騒がしいね。私は今紅と話してるんだよ」

「はっ、申し訳ございません。ですが、対象が逃亡を図っているので、こちらにもご報告をと……」

(対象?)

 紅は瞬時に判断した。咲枝のことだ。彼らは詠花の命令で、咲枝を追っているのだ。そして、その咲枝が、逃げ出したのだろう。自分は差し詰め、咲枝拘束の邪魔になるだろうと判断され、さして用もないのにこちらへ呼び出しをくらったといったところだろう。

「陛下、一度もお会いになることなく、あの娘をひっ捕らえよと仰せですか?」

「………………」

 紅が問うと、詠花は不自然に紅から視線を外した。睨むように紅が詠花を見つめ続けると、観念したように苦い顔で口を開く。

「お前も気付いておろう? あの娘の【気】はおかしい。そう報告を受けている。これを野放しにしておく理由はないんだよ」

「ですが、せめて一目見てからでも」

「紅、聞き分けがないよ。お前があの黒き魔物に魔術師として興味を惹かれているのもわかるが……」

(魔物、ですって……?)

 紅は先ほどの咲枝の様子を思い浮かべた。苦笑しながらも、紅の話に耳を傾けていた咲枝。紅も確かに、咲枝の気を探ってみた時に、おかしな構造になっていたのには気がついた。だがそれ以外は、どこにでもいる、普通の娘と何ら変わりは無い。見慣れぬ場所へ連れてこられて、多少おどおどしていたとは思うが……。

「……陛下、私、今決めました」

「? 何だい急に……」

「レンとともに、結晶石集めに暫く出掛けて参ります。もちろん、あの娘も連れて」

「な、なんだって?」

 あまりに急な紅の発言に、詠花も玉座から身を乗り出した。それに向かって、紅は余裕の笑みで相対する。

「だって、今回のレン、回収量が足りなかったのでしょう? その不足分を、私とレンで補ってきます。そして、侍女を連れない代わりに、咲ちゃんを」

 これは詭弁だ。実際に咲枝に侍女の役割をさせようとは思ってもいない。

「私もたまには外に出てみたいし。咲ちゃんが危ないかどうかも、一緒にいて私が判断してきます」

「紅、お前、自分が何を言っているのかわかっているのかい? 皇位継承者が同時に二人とも国を空けるなんて、許さないよ!」

 詠花の言葉を背に受けながら、紅はコツコツと玉座の間の出口へと向ってゆく。

「待ちなっ、紅!」

「いつまでも婆さまの思う通りに動くとお思いなら大きな間違いです」

 バンッと乱暴に扉を開き、紅は振り向きざまに笑顔で棄て台詞を吐いた。

「失礼致します」

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