「客(まれびと)殿、陛下がお呼びです。こちらへ来て頂けますか?」

 紅さんと別れて暫く。言われた通り、指定された部屋で大人しく待ってたわたしのもとに、声がかかった。マレビト……ってのは、多分わたしのことだろう。どうやらわたしは、沐漣さんか紅さんの客人ととられているみたいだ。呼びかけてきたのは、さっき紅さんに話しかけてたのと似たような兵士と思われる男の人四人組。

(一人で出るなって言ってたけど、この人たちについてくなら問題ないはずだよね?)

 そう自問しながら、扉を抜けて前へ出る。と、いきなり、ガシャンと槍がわたしの前後を交差した。

「では、そのまま我々と共に。参りましょう」

「???」

 何? なんか、物々しい雰囲気。これって絶対、単なる客に対する態度じゃないよね? わたしがここまでされる必要、あるの? わたしは今更ながらに、なんだかマズい状況になったんじゃないかと不安になるけど、誰かに問える雰囲気でもなかった。

(これじゃまるで……)

 わたしが悪い予感を胸に抱いた直後のこと。リーダー格っぽい兵士の一人が、部下らしい人に引き継ぐ時、その会話の内容がわたしにも漏れ聞こえてきてしまった。残念なことに、それはわたしの嫌な予感を確信に変えるには充分なものだった。それもなんか、とんでもない誤解を伴って。

「陛下から、牢へ連行しろとのお達しだ。気をつけろよ、何せ災殃因果律の保持者らしいからな」

(サイオウ……因果律ゥ?)

 わたしにはなんのことだかさっぱりわからない単語だったけど、なんにせよ物騒なことになってきたのは間違いないと思う。やっぱりわたしは、最初から不法侵入者として糾弾されるためにここへ連れてこられたんだ……沐漣さんや紅さんも、わたしを油断させて逃げ出せないようにするために、あえて柔和な態度をとって安心させて……。

(じょ、うだんじゃない、こんな訳わからんところで牢屋行きになんかなってたまるかっ! そりゃ一度は地獄かもしれないって諦めたけど……地獄来てまで閉じ込められるなんて、聞いたことないわよ!)

 混乱したわたしの頭は、どこかズレたことを考えてたけど、わたしは普段の自分からは想像できないような行動に出た。自分は一度死んでいると思い込んでいるからか、人間、追い詰められればなんでもできるらしい。

「わーーーーーっ!」

 突如大声を張り上げたわたしに、目論見通り、兵士の人たちは面喰らってくれた。その隙をついて、わたしは一瞬で屈みこんで、交差されている槍の下の隙間を掻い潜り、大脱走を図った。

「お、追えー! 逃がすなぁ!」

(うわっ、追ってくる!)

 当然だけど追ってくる兵士の人たちに対して、わたしも負けじと走りまくる。

「ぶ、文化部なめんなー!」

 今タイム計ったら最高記録かも、とどこか的外れなことを考えつつ、わたしはひたすら艦内を逃げ惑うのだった。


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