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金糸雀帝国、謁見の間にて。現皇帝、詠花を前にして、オレは今まさに、姉上が言うところの針の筵の状態にあった。血が繋がっているはずのこのお祖母さまは、殊更オレに対する態度が厳しいことで、艦内でも有名だ。
「どういうことだい? いつもと量が違うのに、戻ってくるなんて」
「それには多少、手違いがございまして」
「言い訳は聞かないよ。一定量確保するまで戻ってくるなと命じたはずだ」
陛下が指摘しているのは、聖気の結晶石のことだ。オレに与えられている小型の飛空艇に限らず、この金糸雀の都市船自体も、結晶石の力でもって浮遊している。結晶石は恒久的なものではなく、消費されるものだ。定期的に確保していないと、この国に未来は無い。その命綱の採取の役目を担っているのが、他でもない第一皇子・沐漣、つまりオレだ。
オレは今この時点では、咲枝が結晶石を吸い取ってしまった事実を話していなかった。咲枝の連行を優先して、目標数に足りない結晶石の補充を保留したまま帰艦したのは、オレの判断だ。いくら本当のことを話したところで、目標の数量に届かないままのこのこと帰ってきたことを詰られるのに、変わりは無いだろう。ここは素直に謝っておくことにする。
「……申し訳ありません」
「……連れてきた娘と、何か関係があるのかね?」
「!」
これから言及しようと思っていた咲枝について、既に陛下が知っていることに、オレは一瞬驚いた。しかし、すぐに思い直す。
(今回も、侍女に密告者がいたか……)
オレの下につく者に、真の意味でのオレの味方はいないと言っても良い。全てが陛下の息のかかった者たちだ。中でも、オレの行動を監視し、逐一陛下に報告する義務を負う者が時々潜り込ませてあることを、オレは知っていた。
「この私に何か隠そうったって無駄だよ。勝手にあんな【黒い娘】を艦内に入れて……内から国を崩そうって腹積もりかい?」
【黒い娘】というのは、咲枝の容姿を表して言っているのだろう。黒髪黒目はこの国でも珍しくないが、喪服でもないのに上から下まで紺色の服を着ている、というのは、金糸雀にはない風習だ。
「そんな、ことは……」
「ハッ、まぁ良い。足りない分は次の時に上乗せだね。で、その娘、どうする気だい?」
「はっ、今は姉う……紅姫さまが保護して下さっておりますが……」
「紅がかい? またあの子は、すぐ面倒なことに首を突……ん?」
陛下が何かを仰ろうとしていたのを遮って、横から兵士が何やら神妙な面持ちで陛下に耳打ちする。それを聞くと、陛下の渋めの顔は更に訝しげに歪められた。頭を垂れて下を向くオレにはわからないようにしているのだろうが、雰囲気でわかる。そうして突然、こう告げた。
「沐漣、今日はもう良い。下がれ」
「……は、失礼致します」
咲枝のことは不問なのか。急遽打ち切られた謁見にいくらかの不審感を抱いたものの、オレに対してはそれもよくあることなので、オレはそのまま玉座の間を後にした。
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