3rd Flight 金糸雀帝国
1
目の前に現れたのは、それは巨大な飛空艇だった。あまりの大きさに、距離感が掴めない。沐漣さんが言う。
「飛空艇都市金糸雀。あれが本国の都市船だ」
「……うっそ」
(こんなでっかいなんてきいてないよー!)
わたしは心の中で悲鳴を上げた。
* * * * *
「レーンッ!」
わたしたちの乗っていた飛空艇が都市船のデッキと思しき場所へ着いたや否や、背の高い女性が走り寄ってきた。赤い頭髪に紺の瞳と、これまた度肝を抜く容姿。女性は飛空艇から降りてきたばかりの沐漣さんに辿り着いたかと思うと、その体を前へ後ろへとひっくり返し、何やら色々と確認していた。
「お帰りっ! 無事だった? 頭一つ欠けてたりしてない?」
「……紅(べに)さま、頭は一つしかございません」
「あははっ、それもそーかっ! で、何? 可愛い女の子なんか連れてきちゃって、どーしたの?」
女性は一通り沐漣さんの体を触り終えると、視線をわたしのほうへ向けてきた。そこで漸くわたしは、どうやら【可愛い女の子】とやらは自分を指すようだ、とはたと気付く。何言ってんだ? この人。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「さ、咲、枝、です……池咲枝と申します」
「咲枝ちゃん! あたしは紅。沐漣の姉で、金糸雀の第一皇女よ」
「へ? 皇、女? 皇女ってその、あの、お、お姫、さま?」
「べっ、紅さま!」
わたしは紅さんの自己紹介からとんでもないことに気がついて焦った。沐漣さんも突然正体をバラされて慌てた様子だし。
「んもう、レンもそんな他人行儀な呼び方しないでよ。ここには婆さまもいないんだし」
「そういう問題ではっ……」
「あ、あの……紅さんが皇女さまってことは、沐漣さんは……」
わたしが気付いたことの真偽を確認しようと口を挟むと、紅さんは「あら」と意外そうな声をあげる。
「レン、貴方自己紹介もしてなかったの?」
「……色眼鏡で見られたくなかっただけです」
「んまぁ、生意気言うわねぇ。そうよ、咲枝ちゃん。お察しの通り、この子は皇子。金糸雀の第一皇位継承者」
予想した通りの答えとはいえ、わたしは開きすぎた目と口を塞ぐことができなかった。ひえぇ。わたし、今まで皇子さま相手に喋ってたの? それにしちゃ、なんだか失礼すぎる態度ばかりとってたような気がする! だけど、そんなわたしの内心の焦りもお構いなしに、皇族二人はさっさとデッキを離れようとするので、慌ててわたしも追いかける。都市船の居住区であると思われる建造物の中へ入っていき、暫くして分かれ道に到達した。そこで、沐漣さんが振り返ってわたしに話しかけてきた。
「オレは帰艦の報告に行く。お前は……」
「咲枝ちゃんはあたしと一緒にいれば良いわ」
すかさず進言してきた紅さんに、沐漣さんはまたも驚きの声を上げる。
「なっ……姉上?」
「あら、いーじゃない。いきなり婆さまのところへなんか連れてったら、咲枝ちゃんにとって絶対に針の筵だし。どーせ他にアテなんてないんでしょ? あたしの部屋に連れていきがてら、艦内でも案内しとくわ」
「ですが……!」
沐漣さんとしては、不審者極まりないわたしをお姉さんと一緒にしていたくはないのだろう。その気持ちは凄くよくわかる。だから必死になって止めようとしているんだろうけど、紅さんのほうはそんな沐漣さんの様子もどこ吹く風、全く聞く耳を持とうとしてない。
「ほらほら咲枝ちゃん、小難しい男は放っといて行きましょ」
「あ……沐漣さん」
数瞬戸惑うわたしに、沐漣さんは「仕方ない」といった視線を送ってきてくれた。
「姉上なら大丈夫だ、信用して良い。オレも報告が済み次第お前のもとへ戻る。もっとも、陛下がお前に会いたがらない訳がないから、お前もすぐに謁見の間に来てもらうことになるだろうが」
「あ、はい……」
かくしてわたしは、沐漣さんとは別れて反対側の道へ進み、紅さんに好きなように艦内を連れられてゆくこととなったのだった。と言っても、案内すると言っておきながら、歩きながら口にする紅さんの話はその殆どが沐漣さんのことだった。わたしはそれを聞きながら、お得意の良い子ちゃんを装って、紅さんが気分を害さない程度に、それとなく相槌を打っていく。
「……でね、レンってば極力あたしを避けるみたいなことしてるワケ。これって思春期ってヤツなのかしら。寂しいわねぇ。ね、どう思う? 咲ちゃん」
わたしはさっきから「咲枝ちゃん」と呼ばれることにものすんごくくすぐったさを感じていたから、「どうか気軽に咲と呼んでほしい」と頼んでいた。お姫さまにそんなこと頼むのも正直どうかと思ったけど、頼まれたほうの紅さんは早速ノリノリで呼んでくれているから、まぁいいのかな。なんて考えながら、気ままな道案内に従っていると、廊下の途中で鎧を纏った兵士みたいな恰好の人の一人が、紅さんを呼び止めた。
「紅姫さま! 陛下がお呼びです!」
「? おかしいわね。今日は特に会う予定なんて聞いてないけど」
紅さんは不審そうな顔をして言う。
「ですが、喫緊の御用とのことにございます!」
不満を隠さず顔に出す紅さん。だけど、「しょーがない」と一つ呟くと、くるりとわたしのほうに振り返った。
「ごめんね咲ちゃん、あたしの部屋までもーすぐなんだけど……あ、この部屋どーせ使ってないから、この中で待ってて。すぐ戻ってくるから。途中でレンに会ったら、奴にも貴女がここにいるって伝えておくわ。この船広くて迷いやすいから、間違っても一人で出ちゃダメよ。良い?」
そう言って紅さんは、廊下の一角にある一室を指すと、颯爽と兵士と共に去っていった。とはいえ、他人様のお部屋に黙って勝手に入っていいものかと、わたしは暫し逡巡する。意を決してドアノブを回すと、ギィという控えめな音がした後、扉は静かに開いていった。
「お、お邪魔しまーす……」
誰もいないことを確認すると少しだけ安堵して、わたしは遠慮がちに中へと入っていった。この後に待ち受ける運命も知らずに……。
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