2nd Flight 終末を迎えた地上

 さっきふらついたせいでわたしは、侵入者の疑いがあるにも関わらず、別室の寝台をあてがわれながら話をさせられる運びになった。状況的に考えたら破格の待遇。まぁ寝台で、って言っても、実際はそこに寝転ぶ度胸なんて微塵もなくって、腰掛けさせてもらうに留めてるんだけど。だって相手、武器持ってるし。そんな人の真ん前で寝るなんて、どう考えたって、無理。立ちっぱなしよりは気分もいくらかマシかな、って程度。

 そんなわたしの内心を知ってか知らずか、少年もまた、寝台の脇に木製の簡素な椅子を寄せてきて、わたしの正面で席に着く。もちろん、用心深く、武器は肌身離さない。

「……で? お前の国は、未だ地上にあるというのか?」

 わたしは、明らかに生粋の日本人ではない少年に向けて、日本とか、東京の説明をした。

「俄かには信じられんな……」

「でも、事実です」

 難しい顔で唸る少年に、わたしは憮然としてそう返した。

 少年も自分の国の説明をしてくれたけど、わたしとしてはそっちの話の内容のほうが信じ難かった。

 彼の名は沐漣。金糸雀(カナリア)帝国ってとこの人らしい。名前には漢字を使うくせに、長く一つに束ねてある頭髪は眩しい白金色で、両の目は透き通るような蒼い瞳をしていた。どこからどう見たって外人さん。日本のことも東京のことも、知らないみたい。容姿から察するに、他の漢字圏の国の人でもなさそうだし。

 彼によると、地上は遥か昔に大量の【魔気】というものに覆われ始めて以降、もう何十年も前から住めなくなってしまっているんだとか。【魔気】! なんじゃそりゃ。いかにもファンタジックな響きの存在からして、既にわたしには到底信じられない。だけど、彼――沐漣さんが、あまりに大真面目な顔をして言うものだから、なんだか疑っているわたしのほうが頭がおかしいんだろうか、とも思い始めていた。しかし、しかしだ。わたしにだって言い分はある。

「貴方たちこそ、その、飛空艇? つまりは飛行船な訳でしょう? そんな物の上に国があるなんて、わたしからしたら突拍子もないことです。人間業じゃないです」

「だが、事実だ」

 図らずもさっきとはほぼ真逆の立場のやり取りをすることになって、わたしと沐漣さんは二人揃って暫し気まずそうに目を逸らした。先に視線を元に戻したのは沐漣さんのほうだった。

「……それに、飛ばしているのは人の力ではない。【聖気】の塊である結晶石を媒体に、燃料を捻出している……お前がさっき吸収していた、あの石がそうだ」

「吸収って……好きでやったんじゃないんですけど」

 出た。今度は何? 【聖気】ですって。一体この人の口からは何個不思議ワードが飛び出せば気が済むんだろう。わたしのそんな気持ちも知らずに、沐漣さんはわたしの発言を無視すると、椅子から立ち上がってこう告げた。

「確かに話す言葉に竜蹄訛りは感じられないが、かといって密偵の疑いが晴れたことにはならん。結晶石のこともある。お前のことは、一度本国の都市船まで連行し、陛下に処遇の判断を仰いでもらうことになるだろう」

「陛下? って、天皇陛下ですか?」

 わたしとしては当然の疑問を口にしたつもりだったんだけど、沐漣さんはまたもや、不審そうな表情をその顔に貼りつけた。

「現皇帝の詠花(かねはな)さまを存じ上げぬと言うのか? ……ますます怪しい奴だな。どちらの国に属そうとも、金糸雀帝か竜蹄王のいずれかくらい、知っていようものなのだが」

「皇帝? 王?」

 わたしには、沐漣さんの口から次から次へと飛び出す単語の意味が、端から端までわからなかった。混乱で頭が痛くなりそう……。金糸雀なんていう、鳥の名前がついた帝国とか、聞いたことがないし。それはわたしが料亭と間違えた、竜蹄だってそう。

(……なんか、違う世界にでも来ちゃったみたい)

 そう考えれば、不思議と腑に落ちた。常識はずれなことを言ってるっていうのは、自分でもわかってるんだけど。だってそう考えれば、沐漣さんの言うことにも、全て納得がいくんだもの。

(おかしい。階段から落っこちて、交通事故に遭っただけのはずなのに……頭でも強く打って、変な夢でも見てるのかしら)

 ともかく今は、その金糸雀とやらに連れて行かれるしかないらしい……わたしが雰囲気から読み取って、そう諦めた時。なんだか辺りが慌ただしくなってきたのがわかった。

 この飛空艇には、わたしの世界でいうところの、いわゆる【メイドさん】と呼べそうな、給仕の恰好をした若い女の人たちが数人乗船していた。沐漣さんはいいとこのお坊ちゃんなのかもしれない。その中でもとりわけ歳若いと思われるお付きの人が、慌てて沐漣さんとわたしのいる部屋まで駆け込んできた。一方の沐漣さんは彼女とは対照的に、落ち着き払って応対していた。

「何事だ」

「か、甲板に【魔物】が……!」

「わかった、今出る」

 既に立ち上がっていた椅子をガタリと鳴らして脇へ遣ると、沐漣さんは女の人と入れ違いに、部屋を出て行った。腰に佩いた剣を確認しながら、彼女に釘を刺すことも忘れない。

「その女は見張っておけ。部屋から出すな」

「畏まりました」

 戸が閉まって、わたしは女の人と二人っきりで部屋に閉じ込められてしまった。女の人のほうは、なんか妙なものでも見るかのように、時折ちらちらとこちらのほうを盗み見ている。その空気も気詰まりなものだったんだけど、わたしの胸を不安にさせたものは、もっと別のものだった。

(【魔物】って何……? なんかとんでもなくアブナイ場所に来ちゃったんじゃないの、わたし?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る