1st Flight 転落、そして

 ピピピピピッと鳴る、甲高い電子音。うるさく鳴り響く枕元の目覚まし時計を、わたしはまるで憎い仇でもあるかのように、バシッと勢いよく叩いて止めた。朝は強いほうだ。眠さを引きずらずに起きられるし、支度をしてすぐに朝ご飯だって食べられる。だけど月曜の朝に聞くこの音に無理やり起こされる感じが好きじゃないのは、朝に強いとか弱いとか関係ないと思う。

 ムスッとした顔のまま、とりあえずトイレと洗顔を済ませる。部屋に戻って制服に着替えると、テキトウに髪に櫛を通す。十八の女子高生なんだから、もっと見た目に気を遣ったほうが良い、とはよく言われる。けどそんなこと、わたしにとってはすんごくどうでも良い。寝癖さえ直せれば上出来だ。今日もそんな感じで身支度を済ませたわたしは、朝食を摂るために台所へ向かった。

「おはよう」

 先にいたお母さんが挨拶してきた。それに対して、わたしも小さく「おはよ」と返す。冷凍庫を開けて、凍った食パンを袋から一枚取り出す。うちはいつも、食パンを買ってきたらまず冷凍庫に放り込む。

「……ねぇ咲枝(さくよ)、本当にいいの?」

 おっかなびっくり、と言った様子で、お母さんがわたしに問うてきた。朝、挨拶をした直後の唐突な問い。何についてかは大体わかってる。この間学校であった三者面談のことだろう。内容は進路相談。今まではわたしの先のことについてなんか、どうでも良いって感じでなんにも聞いてこなかったくせに、突然親らしい顔されても、正直困る。

「……何が?」

 だから、何を言っているのかわからない、といった体を装った。事実、わかんないし。なんで今更になってそんなこと言い出すのか、さ。

 そうしてお母さんのほうに顔は向けないまま、トースターにパンを突っ込んだ。レンジ、三十秒。トースト、三分。ピッピッとボタンを押す音が、静かな台所に響いてゆく。

「内部、そのまま行くって……先生も言ってたじゃない、貴女ならもっと上でも行けるのにって」

 お母さんが言い出した内容が思った通りだったことに、わたしは解凍されていくパンを見つめながら、密かに嘲りの形に表情を歪ませた。それみたことか。お母さんは何を言い出すか容易に想像できすぎる。もうちょっと他人に、自分が考えていることを悟らせない訓練をしたほうがいいんじゃない? そうは思うけど、口には出さない。そんな、余計なお世話なことを考えていることなんておくびにも出さないで、わたしはサラリと返事した。

「知ってるでしょ、わたしが国語だけが取り柄なの。付属に国文科あんだから、別に上なんて目指す必要ないし。やりたいことちゃんとできんだから、わざわざ外部なんか行かなくたって」

 目は合わせないで、飲み物の準備をしながら言う。無糖のコーヒーをコップに半分入れて、そこに牛乳を注ぎ足す。半分、って思ってるけど、実際は多分コーヒーのほうが多い。だっていつも、コーヒーパックだけ先に中身がなくなるから。そう考えると、正確にはカフェオレとは呼べないのかも。どっちにしたって、いつも美味しく飲めてるんだから、細かいことはどうでもいいんだけど。

「でも咲枝、本当は、他にやりたいことがあるんじゃないの? お金のことなら、心配しなくてもいいのよ? 貴女のためになるのなら、お母さんたちなんだって……」

 急に投下された爆弾に、わたしは思わずコップをガンッと、音が鳴るほど強く置いてしまった。怒鳴ってやりたい。ついそんな衝動を抱いてしまったからだったけど、飛び散ってしまったカフェオレがちょっと勿体無いな、と思う程度の心の余裕は残っていた。だからわたしは、どす黒い内心とは裏腹な、にっこり笑顔を顔に貼り付ける。

「んなもんないってば。三者面談で言った通りだよ。それに、そのお金って本来兄貴の分だったヤツでしょ? わたしなんかに遣わずに、もっと有効活用しなくっちゃ」

 兄貴のためにも。そう小さく呟いた直後、ピーッ! と、パンが焼けたと電子音が告げる。熱々のパンをお皿に移し、リビングの食卓に移動してバターを塗った。食べながら、わたしはもう一言も口をきかなかった。お母さんがなんとなくこっちの様子を窺ってる視線は感じてたけど、素知らぬふりをして食べ続ける。食べ終わったら食器の後片付けをして、わたしはそのまま家を出た。

 行ってきます、は言わなかった。

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