第四章 冬、実る

 寒さも本格的になり、喫茶店では温かい商品が売れるようになってきた。今日も今日とてアルバイトに勤しんだ利駆は、いつものように送ってくれたオルハと別れ、蝶野の家へ帰宅した。二階にある自室へ入り扉を閉めると、そのまま背を預けてフッと一つ息を吐き、防寒具を外してゆく。窓辺に寄り、開いたままのカーテンを閉めようとして、数瞬、手で掴んだ格好のまま外を眺める。都心にしては珍しく、早くも雪が降りそうな気配だった。今夜は冷え込むだろうな、などと思いながらサッとカーテンを引いていると、扉の外から、ドタドタと階段を昇る足音が聞こえてきた。荒々しいこれは間違いなく、茜の立てたものだ。

「おい! 帰ったか?」

 バン! とノックもなく扉を開いて入って来たのは、利駆の予想通り茜だった。たとえ中で利駆が着替えていたとしても、彼は平然と中に入ってくる。何度か注意したこともあったが、一向に改善されないので、利駆はもう諦めていた。

「茜くん、今日はもうお帰りだったのですね」

「おう。お前はまたバイトか……ってことは、またアイツが……」

「?」

 茜は何かを言いかけるが、途中で口を噤んでしまう。疑問に思った利駆は小首を傾げて無言で続きを問いかけるが、茜はその話題をこれ以上続ける気はないようだった。

「いや、今はそれはどうでもいいんだ。そうじゃなくて、あのさ」

「はい」

 傾げた首を戻し、茜の言葉を待つ。だが茜は、あー、とか、うー、とか言いながら、視線をそこかしこに動かして、どうにも落ち着かない様子だった。何か言いたいが、ふんぎりがつかない。そんな印象を受けた。

「どうか致しましたか? 急ぎでなければ、わたし、これから着替えたいのですが……」

 外から戻ってきたばかりでまだ制服姿だった利駆は、暗に茜に部屋から出て行ってほしいと促した。だが茜のほうも、今言ってしまいたい用事だったらしく、意を決したように大きな声で続きを話し出す。

「お、俺は!」

「! はい」

 予想以上の声量に、利駆はピッと姿勢を正す。

「俺は、お前のこと、この家の、家族の一員として、ちゃんと、考えてっから!」

「? はぁ……」

「そっ、それだけ! じゃ!」

 言い終えると、またも彼はバタンと乱暴に扉を閉めて、忙しなく階段を降りて行ってしまった。呆気にとられた利駆は、開いた口が塞がらないまま、その場に突っ立って動けない。やがてギシギシと首を傾げると、先ほどの茜の発言を反芻する。

【俺は、お前のこと、この家の、家族の一員として、ちゃんと、考えてっから!】

「……雪ではなく、槍が降るのでしょうか……?」

 あまりに突然の茜の宣言に、戸惑いのあまり、彼が聞いたら怒りそうな言葉が口をついて出る。この後は家族揃っての夕食だ。そこで同じ食卓につく茜に、一体どんな顔で対峙すれば良いのだろう。そう思った利駆だったが、いつまでもこうして棒立ちのまま悩んでいても仕方がないと思い直し、とりあえず部屋着に着替えることにしたのだった。

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