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「で? テメェらは、なんで揃って戻ってきてんだ?」
撮影が終わり、楽屋に戻ってきたところで、茜は梨咲とサワと対峙していた。追い出したと思っていた二人が待ち構えていたことで、疲れも相俟ってうんざりする。両腕を組んで、眉をヒクリと引き攣らせた。
「俺は出てけっつったよな? 帰ったんじゃなかったのかよ?」
「申し訳なかった」
そこでサワが頭を下げる。隣の梨咲は手をもじもじと動かしながらもそのままの姿勢だ。茜はため息を吐きながら二人の前を通り過ぎ、椅子にとりあえず腰かけた。
「別に謝んなくても、俺は邪魔さえやめてくれりゃそれでいいんだけど。で、そっちはどうなの?」
矛先が自分に向いたことで、梨咲はビクリと肩を揺らした。横からサワに背中をトンと叩かれる。「さっさと謝ってしまえ」、暗にそう言ってきているのだろう。ギュッと目を瞑り、意を決すると、ブンッと頭を振って腰を折った。
「ごめんなさい! やりすぎました! アカネが仕事に真剣なのは知ってたのに、調子に乗りました! 反省してるので、共演拒否にはしないで下さい!」
誠心誠意謝る様子に、茜はうっかり虚を衝かれる。梨咲が根は真っ直ぐな女であることは知っていたが、まさかここまで素直に謝ってくるとも思っていなかったのだ。だが、謝罪を促したのは自分のほうのようなもの。内心を出さないように涼しげな顔で、茜も許しの言葉を紡ぐ。
「いや、共演拒否までは流石に考えてなかったっつーか……まぁ俺も梨咲サンも大事な時期だし、節度ある行動を心がけてくれたら嬉しいけど」
「うん……わかった」
「そんでそっちは、俺につきまとうのはもうやめてくれる訳?」
話が自分のほうに向いたところで、サワはもう一度姿勢を正す。
「前にも言ったが、おれにも引けない理由がある。貴方には芸能界で目指していることがあるのだろう? その手助けをする代わりに、という訳にはいかないだろうか?」
「なんでそんなこと知ってんだよ……ってききたいとこだけど、まぁ今はそれはいいや。悪ぃけど、それも自分の力で成し遂げないと意味ねぇから、断る」
「何々? 目指してることって、トップになる! とか?」
舌の根も渇かぬ内に、梨咲が首を突っ込んでくる。茜はそれに対して露骨に眉を顰めるが、もう今更怒るのもなんだか面倒になっていた。しかも更にそこへ、サワのほうも興味を示してきてしまった。
「それはおれもきいておきたい。断るのはそちらの自由だが、やはり納得のいく答えを頂いておかないと」
「………………」
茜は苦い顔をして口を噤み、熟考する。茜が芸能界入りを目指した理由は、今まで誰にも教えたことのないものだ。それは利駆にも、蝶野の家族にも。当然、今目の前にいるこの二人にだって漏らしたくない。だが、この二人のしつこさを知ってしまった今、ここで黙っていることが得策とも思えなかった。だから茜は、遂にその重い口を開いたのだった。
「芸能人になれば、色んな人が俺のこと知るようになれば、いつか、いつかあいつの親戚も見つかるんじゃないかって……途方もない話だってのは、わかってるけど」
「はぁ……やはり彼女のためか」
「あの人は今どうしてるかーとか、行方不明者を探す番組とか、あんだろ? あぁいうのに呼ばれて出演できれば、いつかチャンスは巡ってくるって……」
意を決した告白に、またも梨咲は口を挟んでくる。
「ねぇ、それって、そのナントカ言う娘に頼まれたの?」
「は? いや、別にそういう訳じゃねーけど……」
「その娘はそれを知ってるの?」
「いや、言ってねーし、これからも言うつもりないけど……って、さっきからなんなんだよ梨咲サン。なんか文句ある訳?」
茜はだんだん腹が立ってきていたのだが、次の梨咲の言葉にビシリと固まる。
「だってそれ、単なるアカネの押し付けじゃない」
「なっ……!」
絶句する茜に、サワも無言で肯定する。ショックのあまりカチンコチンに固まってしまうが、復帰も速かった。
「り、梨咲サンだって、俺に気持ち押し付けてるじゃねーか!」
「それもそうね……」
意外にも梨咲は反論しなかった。両腕を組み、うんうんと感慨深げに頷いている。そうして次に飛び出てきた発言は、茜の予想の斜め上をゆくものだった。
「あたしたち、もうおしまいね……別れましょ」
「そもそも付き合ってねーよ」
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