(何故おれがこんなことをせねばならない……)

 理解に苦しみながらも、爽羽は今、その場を動く訳にはいかないのだった。

 茜を追いかけていたはずの爽羽が、梨咲に追い回されるようになるのに、然程時間はかからなかった。梨咲は、爽羽がアカネを自分以外と親しくさせようと企んでいることを知ると、一方的に敵対宣言をし、後日、宣言通り爽羽の邪魔をするようになったのだ。アカネのそばをうろちょろしているのは以前とさして変わらないことだが、アカネが席を外すように言ってもその場を離れなかったり、逆に爽羽を追い返そうとしたりしてきた。今日など、爽羽より先回りしてアカネの近くにはりこんで、爽羽が現れるなり、テレビ局の外まで追い払ってきたのだ。その上、外に出てもまだ諦めずに、爽羽が完全に立ち去るまで自分も離れない、と言い出した。そんな彼女から逃げ出し、ようやっと爽羽が辿り着いたのが、建物の裏側にある機材の搬入口からほど近い、倉庫のような場所だった。

 こうなった原因は、ついうっかり梨咲に情報を明け渡してしまった自分にもあるだろう。だがしかし、確か彼女も売り出し中のアイドルだったはずなのにこのようなことばかりしていて、よっぽど暇があるのだろうか、と爽羽は呆れてしまう。これでは時間だけを無駄に浪費し続けることになる。何か新しい策を考えねばなるまい……そう思っていた時だった。

 ふいに、眩暈がする。あまりにクラクラとするので、爽羽はその場に立っていられなくなり、思わず蹲ってしまった。考えてみれば、ここのところあれこれと調査にかまけていたせいで、食事を疎かにしていた気がある。恐らく血が足りないのだろう。だがそんな最悪のタイミングで、彼女の足音は近づいてきてしまった。

「あー! 見つけたっ! こんなところにいたんですね……って、木下さん? どうかしたの? 大丈夫?」

 いくら自由奔放な梨咲といえど、そこは人の子。目の前の相手が具合が悪そうにしていては、心配せずにはいられなかった。額に手を当てて青い顔をしている爽羽に合わせて、彼女もそこにしゃがみ込む。こちらの顔色を窺っている様子だが、爽羽は反応するのも億劫だった。

(待てよ……ここで彼女の血を吸えば、おれを恐れてもう近寄ってこないのでは?)

 オルハやレンハのように、簡単に人間に正体を晒してしまうのは、爽羽にとっては抵抗があることだった。だがしかし、今ここで倒れ込んで病院に担ぎ込まれてしまう訳にはいかないし、状況を好転させるためにも、この機を逃さない手はないのではないだろうかと考え直す。

 決断してからは速かった。梨咲の今日の衣装は都合よく、肩口を大きく曝け出しているものだ。アクセントに巻いているストールを、素早くシュッと解いてしまう。

「ちょっ! 木下さん? 何してんの?」

 梨咲が異常事態に気付き、慌てて爽羽を突き飛ばそうとするがもう遅い。爽羽はあっという間に、梨咲の首元に両の牙を突き立ててしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る