「こーんにーちはっ!」

 パタリと後ろ手に茜の楽屋の扉を閉め、爽羽がふぅと一つ溜め息を吐いていた時。その少女は軽やかなステップとともに現れた。梨咲だ。茜を追っているとよく出くわすが、彼は明らかに彼女を鬱陶しがっているので、彼女を利用する気は爽羽には無かった。そのため、芸名と、元々は雑誌のモデルらしい駆け出しアイドルだという程度の情報しか、爽羽も把握していなかった。

「……何か?」

「あらつれない。アカネと違って、あたしは眼中にないって感じ?」

 広げた右手を顎に添えながら、さほどショックを受けた風でもないように言う梨咲。その瞳は、爽羽に対しての興味でキラキラと輝いていた。爽羽は、面倒な人に捕まったな、という表情を隠しもしなかったのだが、梨咲に気にした様子はない。

「貴方、木下爽羽さんっていうんでしょ? 最近アカネを追いかけてる。それも、何かに協力してほしくって」

「……盗み聞きとは、行儀が悪いのでは?」

「あら、あたしは悪くないわよ。ここの楽屋の壁が薄いのくらい、調べておかないのがいけないんじゃなくて?」

 これには、流石の爽羽も少しカチンときた。確かに、このテレビ局の構造自体は把握はしていた。だが、良くも悪くも、梨咲という第三者の存在を想定していなかった。それに関しては、爽羽の落ち度だ。自分が悪いという点を指摘されたという意味では、図星のようなものだった。

「ね、それ、あたしが協力してあげましょうか?」

「貴女が?」

 何をふざけたことを、と爽羽は思う。だが梨咲のほうは真剣そのものだった。

「あたし、アカネと共演すること多いんだよね。今日みたいに、テレビ局かぶることも結構あるし。きっと力になれることあると思うよ?」

 だからさ、と梨咲は、その容姿を最大限活かした表情を作って歩み寄ると、爽羽の耳元で囁いた。

「あたしとアカネが仲良くなるのも、手伝ってよ」

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