利駆と仲良くしなければ、彼女への風当たりも少しは弱まるのではないか。茜のその目論見は、半分程度は叶うことになる。確かに当初と比べれば、利駆への嫌がらせは減ったように見受けられた。だがいくら冷たくしようとも、茜が利駆に構うこと自体はやめられなかった上、一緒に住んでいるという事実も変えることができない。自分以外の誰かが利駆にきつい態度をとっていると茜もそれとなく庇ってしまうため、女子たちは茜の目の届かないところで犯行に及ぶようになる。そんな中途半端な状態が、一番利駆を窮地に追いやっていることは茜にもわかっていた。

 現状を打破するにはどうすれば良いか? 無い知恵をしぼった結果が、芸能界に入ることだった。その目的は、ある番組に出演すること。そのために、茜は自分にとって最大の長所である容姿を利用でき、一番向いていると思われる、アイドルのアカネとしてデビューするという道を選択する。そうすることで、利駆への風当たりはさらにきつくなるだろうことは、考えなしの茜でさえも容易に想像することができた。だがそれは、自分が彼女に対して何とも思っていない態度を貫けば、なんとかなるだろうと楽観していた。それがきっと、目標のためには一番の近道になるであろうと信じてのことだった。

 幸いなことに、蝶野の家族は芸能界入りに賛成してくれた。当の利駆が複雑な表情をしていたことは見なかったことにした。幼少期にピアノを習わされていたため音感も良く、歌が上手かったこともデビューをスムーズなものにした。そうして、今の地位を築いてきたのだ。知名度もやっと上がってきたところ。大事な時期だ。爽羽のような得体の知れない者を相手にしている場合ではない。だから茜は、爽羽に耳を貸すつもりは全くと言って良いほどないのであった。

 だが、爽羽のほうも諦めが悪かった。一度の失敗程度ではめげずに、度々茜の前に現れる。この日も、とあるテレビ局の楽屋で、出演する番組は違うというのに挨拶にやって来た梨咲をテキトウにあしらっているところへ訪問してきた。あからさまに怪しいこの男を咎める者は、不思議と周りにいなかった。まるで人払いでもしているかのように、彼が出現する時間・場所には、大抵誰もいないのだ。

「梨咲サン、ちょっと出といて」

「えーっ! またなのぉ? んー、まぁ今日は挨拶に来ただけだからいいんだけどぉ……」

 茜のほうも、爽羽が他人に聞かれたくない話ばかりすることから、今日のように誰かがいる場合は、自然と退出してもらうようになった。そうして梨咲が出て行き、扉がバタンと閉まったことを耳で確認すると、茜は椅子に座ったまま、立ちっぱなしの爽羽に視線だけを寄越して問うた。

「で? 今日は何? 話なら散々断ってると思うんだけど」

「おれも自分の立場がかかっているので」

 爽羽の一人称が変わっていることに茜は気付いた。細かな点だが、もう外面を取り繕うつもりはないということだろう。彼が本腰を入れてきたことがわかる。

「狭山織羽は、本来あの街に住む者ではない。おれは彼の同郷だ。そして、故郷の者は彼が帰郷することを待ち望んでいる。そのためには、権田利駆が邪魔となる」

「邪魔……って、あいつはなんもしてねぇだろ。狭山が勝手に、その故郷とやらに帰ればいい話じゃねぇか」

「だが実際に、彼は権田利駆を理由に帰郷を拒んでいる。このままでは、彼女にも我々の故郷に同行してもらうことになる。……そう。たとえ、力づくでも」

 静かに、凪いだ波のように告げる爽羽。だがその目には、力強い炎が宿っていた。彼が口にしていることは本気だ。それを感じ取っても、茜が怯むことはなかった。ここで怖気づいてはいけない。彼の言うことに従っている暇など、自分には一秒たりともないのだから。

「あいつになんかしてみろ。そんときゃ、オレはテメェを敵と見做す」

 言い放つなり、乱暴に椅子から立ち上がり、茜は楽屋から出て行った。スタジオに向かう時間が迫っていたこともあるが、これ以上爽羽と話すことはないと判断してのことだった。そして、利駆に危害が及ぶかもしれないと告げられた焦燥感から気付けなかった。扉の陰に、一人の人間が隠れ潜んでいたことに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る