第二章 吐露される事情
1
蝶野茜という人間は、比較的裕福な家庭で生まれた。容姿に恵まれた彼は幼い頃から、両親はもちろんのこと、周りからもちやほやされ、甘やかされながら育ってゆく。物心ついた頃には、自分の容姿が武器になることを、なんとなく自覚できるようになっていた。
そんな彼にとって、権田利駆は最初はただの近所の友達だった。いわゆる幼馴染というものだ。他の子と比べよく遊び、家族ぐるみの付き合いもある。ただ茜個人が利駆に向ける気持ちとしては、ぼんやりした愚図だな、俺が世話してやんねぇとなんにもできねぇんだな、と感じている程度であり、特に集団で協力して何かを行う遊びに際しては、逆にお荷物に思うことも多い相手だった。
彼女の祖父母がいないという点が理解できない時期もあった。茜にとって、自分を可愛がってくれる祖父母はいて当たり前の存在だった。父方も母方も揃って健在だったこともあるだろう。だが利駆の祖父母はいないという。死んだのかときくと、多分死んではいない、だがいない、という返事が来る。それは、茜にとっては不可解な返答だった。
おぼろげながら理解できたのは、彼女の両親の葬式でのことだった。不幸な事故で亡くなった彼らの葬式に、利駆の親戚は初めて姿を現した。だがそこで発された数々の言葉は利駆の心を深く抉るものばかりで、茜の抱いてきた祖父母というものの印象とはかけ離れたものだった。あれは利駆の祖父母ではない。何かもっと別の生き物――【敵】だ、と、当時の茜は認識した。
その【敵】は、それ以来利駆の前には姿を現さなかった。そして、利駆は茜の家で引き取られることになる。蝶野の両親が、施設に入れるよりは、と、何かの制度を利用して引き取ったらしいが、茜はその辺りについてはどうでも良かったので、特に詳しく尋ねたこともなかった。とにかくこれからは、利駆もウチで生活する。その一点が大事だった。これからは俺が、アイツを【敵】から守ってやるんだ。そんな静かな情熱を、その時の茜は確かに燃やしていた。
だが【敵】はそれだけではなかった。元々茜と仲が良かった利駆が、さらに蝶野の家に住むことになった噂は、子どもたちの間であっという間に広まった。のろまと馬鹿にされていただけだった利駆は、女の子から冷たく接されることが増えた。男の子からはからかいの対象にされた。小学生まではまだ良かったのだが、中学生にもなると、その傾向はさらに顕著なものとなった。茜はそれを歯痒く思っていた。自分といることで、利駆が辛い立場に立たされている。だが一方で、利駆のことは自分で守ってやらなければという想いも捨てきれない。そしてそれを、素直に表現する術を持たない。
悩み抜いた彼は、利駆に辛く当たる道を選んでしまった。
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