「……で? あんにゃろうの知り合いが、一体こんなとこで何の用だよ?」

 プシッと、買ったばかりの缶飲料のプルタブを開けながら、茜は不機嫌そうにそう尋ねた。一方の爽羽はというと、澄ました顔で冷静に佇んでいる。その様子がまた、茜にはなんとなく小馬鹿にされているような印象にとれて、面白くなかった。

「単刀直入に申し上げると、貴方に狭山織羽から権田利駆を引き離して頂きたい」

「なんで俺がんなことしなきゃなんねぇんだよ?」

 突然現れた見ず知らずの怪しい男。それが、今茜が最も気に喰わない相手である狭山織羽の知り合いであるという。それだけでも充分警戒するに値する人物なのだが、その上彼は、利駆の名前まで出してきた。軽率に「はい、わかりました」と言う訳にはいかない。

「これは貴方にとっても悪い話ではないと思うが」

「ハッ。確かに利駆はウチの居候だが、そんだけの話だ。俺にゃ関係ないね」

 そう言って、開けたての缶飲料を一飲みする。テキトウに選んだだけあって、あまり口に合わない味だった。不味くて飲めないというほどではないが、好みではないものを飲んでしまったことに少し眉を顰めていると、先ほどのように爽羽が再びサッと耳元に寄ってくる。

「貴方の発言が記事になるのを差し止めたのが私であると言ってもそう仰るか」

「!」

 早口で捲し立てた爽羽の言葉に、茜は一瞬息を飲み、視線だけ辺りを彷徨わせた。こんな、どこで誰が聞いているともわからない場所で口にされたくない話題だった。爽羽が言っているのは、先日茜が放課後の下校途中で、小学校からの同級生たちと交わした名前についての会話のことだろう。あの後、学内では多少噂になった様子はそれとなく知っていたが、何故か芸能関係は静かなものだった。念のためいくつかの芸能雑誌を確認しても、そこに載っていたアカネの情報は、どれもアカネに対して好意的なものばかりだった。それを不思議には思っていたが、まさか目の前の男が圧力を掛けてどうにかしていたとは……俄かには信じがたいが、あの場にいたのは自分の同級生たちだけだったはず。にもかかわらず彼が会話のことを知っているということは、彼が何らかの方法でその情報に触れているということ。その事実が、爽羽の発言の信憑性を確かなものにしていた。そして、その件で自分のことを脅しているのだ、ということは、流石の茜にもピンときた。

「テメェ……何が目的だ?」

「何、私も彼に敵対視されているので、協力者を探しているまでのこと」

「言っとくが、俺だってアイツらと仲良い訳じゃねぇぞ」

「それは承知の上のこと。むしろ、だからこそこうして恥を忍んで頼んでいる」

 そこまで聞いて、茜は様々なことを自分の中の天秤で量りかける。しかし次第に、こんな訳もわからない正体不明の男の戯言を鵜呑みにして、真剣に悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてきた。何故自分が、こんな野郎に協力をしなければならない? それも他ならぬ、狭山と利駆のことで。そう思いながら、茜は缶の中身の残りを一気にあおった。

「悪いが話にゃ乗れねぇな。さっきも言ったが、俺と利駆はあくまで家の主人とその居候ってだけの関係だ。狭山のことは気に喰わねぇが、ただそれだけの話だしな。知ったこっちゃねぇよ」

 飲み干した缶をゴミ箱に放り込むと、茜はヒラヒラと手を振りながら撮影現場に戻って行ってしまった。そんな茜の後ろ姿を眺めながら、爽羽は顎に片手をやりつつ、「ふむ……」と何がしかを思案していた。

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