【蝶野 茜:男。十六歳。高等学校一年生 兼 現在人気上昇中の駆け出しアイドル。血液型については不要と思われるので省略。権田利駆と同じ地元小・中学校を卒業後、現在も通う公立高校へと進学。権田利駆、及びオルハと同じ1年F組に在籍するが、仕事の都合上遅刻・早退・欠席が多い。家族仲は良好だが、権田利駆とのことで意見が食い違うことがある。】

 以上は、爽羽が茜についてまとめた基本的な情報資料の一部だった。爽羽が利駆の次に目を付けたのは茜。彼が利駆に対して並々ならぬ想いを抱いているということは、少し調べればすぐに浮上してきた事実だ。

 オルハは、利駆がいるから人間界に居座ることに拘っている。であれば、利駆本人の興味が他に逸れればどうであろうかと爽羽は考えた。幼少期はともかくとして、今現在の利駆と茜の関係は、お世辞にも上手くいっているとは言い難い。この関係を改善してもらって、オルハに間に入る隙間を与えない。そのために、茜に近づき、利駆を奪い返すようけしかけるつもりだった。幸いにも、オルハと茜の仲は険悪であるらしい。そんな、嫌悪の対象である茜と利駆が親密になれば、オルハのほうも利駆に容易には近づかなくなり、うまくやれば人間界への興味も失せるのではないか。そう画策してのことだった。

 茜と接触するために、爽羽は【木下爽羽】という架空の名刺と、スーツ一式を用意した。彼と会うための場所には、自宅か学校、現場しかない。自宅は利駆本人がいるため論外だが、学校はとりまきのファンに囲まれていることが多い上、授業に出席しているかどうかは怪しいもののオルハもいる。以上のことから、芸能関係者を装って彼の仕事場に潜入するのが最も現実的であろう、という結論に達した。彼の仕事のスケジュールを手に入れることも、爽羽にとっては容易いことだった。オルハを連れ戻すために、爽羽には吸血鬼界から与えられた、人間界でも通用する様々な権限があったからだ。

 接触予定日はとあるスタジオでの番組撮影だった。アカネ一人の撮影ではないため、スタッフの注意もアカネ以外にも向きやすい。撮影中にそれとなく潜り込み、休憩中に一人になったところを狙って話しかけるつもりだった。……が、その狙いは外れることになる。

「ねーねーアカネ~。何飲む何飲む~?」

 こちらの目論見通り、確かに茜は休憩時間に撮影現場を離れていた。だが残念なことに一人きりではなく、キンキンした高い声を持つオマケつきであったのだ。彼女は茜の周りをついて離れず、面倒臭そうにしている茜の態度にめげずに何度も話し掛けていた。

「梨咲サン、自分で飲むもんも決めらんねーと、主体性のない女って嫌われますよ?」

「いいもーん。あたしはアカネにだけわかってもらえればそれでいいし、何よりアカネと同じものが飲みたい! っていう、立派な自分の意見を貫いてるだけだもーん」

(遠回しに俺がヤダって言ってんの、なんでわっかんねーのかな……)

 梨咲と撮影が一緒になると休憩時間中につきまとわれるのはいつものことなのだが、いい加減辟易としていた茜は、自動販売機のボタンをテキトウに押す。特に自分の好みとは関係ないものを選んだのだが、そうとは知らない梨咲は嬉しそうに、

「あっ、それにしたんだね! あたしもそれ好きなんだぁ。だからあたしもそれにしよーっと」

 と、同じ飲み物のボタンを押そうとする。まだ茜の分の商品を取り出していないにも関わらず、お金を入れて買おうとするものだから、茜は慌てて自分の分を取り出した。取り出す際に下がった視線をふとあげると、その先には見知らぬ男性が立っていた。どう考えてもこちらを見つめているその男性は、先ほどからどう声を掛けたものか考えあぐねていた爽羽だった。

「……なんスか?」

「これは失礼致しました。私はこういう者です。よろしければ少しお時間を頂戴したいのですが」

 爽羽は怪しまれないように入館許可証を提示しながら、用意していた名刺を差し出す。受け取った茜は架空の会社名に訝しみながら、

「そういうことはマネージャーを通してもらわないと……」

 と言いかける。そこですかさず、音も鳴らさず近づいた爽羽は、茜にだけ聞こえるように耳打ちした。

「狭山織羽の知り合いと言えばおわかりか」

「!」

 そこで瞬時に、茜は一歩後ずさり、慌てて爽羽から距離を取った。殆ど無意識の、本能的な警戒だった。

「なぁに? アカネ、この人だぁれ?」

 梨咲が買ったばかりの缶飲料を手に小首を傾げる。一瞬、茜はそこに梨咲がいることさえ忘れていた。それほど、目の前にいる爽羽の存在が非現実的なものに感じられたのだ。

「……悪ぃ、梨咲サン。先戻っててくんねぇ? 俺、この人と大事な用あっから」

「……? わかったけど、あんまり遅くならないようにね。この休憩時間、確かそんなに長くないから」

 茜が爽羽を見る睨みつけるような目つきが、仕事中にも見たことがないくらい真剣なものだったので、流石の梨咲も大人しく言う通りにすることにした。軽やかな足音とともに、梨咲が現場へ戻って行く。その音が完全に聞こえなくなるのを待って、茜は静かに口を開いた。

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