第一章 苦し紛れの悪足掻き
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【権田 利駆:女。十五歳。高等学校一年生。血液型はOのRHプラス。幼少期に両親と死別、以降蝶野家へと引き取られて育つ。地元小・中学校を卒業後、公立高校へと進学。同居している蝶野茜、及びオルハと同じ1年F組に在籍。夏より始めたアルバイト先の喫茶店への行き帰りにはオルハが同行。同じく高校への登下校にもオルハがついている可能性が高く、彼女個人に接触するのは困難。また、親戚とは疎遠なため、こちらからの情報提供は期待できない。】
以上が、爽羽がこれまでに集めた利駆についての基本的な情報だった。紙面に記された文面をパチンと指で弾き、一つ溜め息を吐きながら、爽羽は資料を机上へと置いた。
アレルギーへの対処に目処がついたにも関わらず、オルハが人間界への滞在を今なお継続している原因は利駆ただ一人。そこで、爽羽は利駆にポイントをしぼって行動することを選んだ。爽羽一人が馬鹿正直にオルハ本人に突っ込んで行ったところで力では敵わないし、そもそもまず相手にされないだろう。レンハのように返り討ちにされるのがオチだ。利駆に何かしらのアクションを起こすことで、オルハに無理矢理にでもこちらに反応してもらう。それが、今爽羽の考えているぼんやりとした作戦だった。
早速具体的な構想を練るべく、爽羽はまず利駆のアルバイト先の喫茶店に出向いてみることにした。極力利駆の邪魔をしないために、彼女の勤務時間中はオルハがここに近づいていないことは調査済みだ。彼が行く先々で利駆の周りをついて離れないのは、何も利駆のそばを離れ難いからだけではなく、自分を警戒してのことだということに、爽羽自身は気付いていた。そのため、オルハの邪魔が入らずに利駆と接触するためには、喫茶店の客として入るのが一番だと爽羽は判断したのだが……。
「いらっしゃいまー……ゲゲゲッ!」
カランカラーンという、若干年季の入った鐘の音とともに飛んできた店員の声に、爽羽は入口のドアノブを握ったまま固まった。相手の店員――レンハの顔も引き攣っている。
「さささサワくん? どどどどうしたのさこんな所に!」
「それはこちらの台詞だ……どうして貴方がここにいる」
憮然とした表情で言いながら、爽羽はとりあえず扉を後ろ手に閉めた。爽羽たち吸血鬼にはさほど関係ないが、季節柄、開けっ放しでは中に入り込む空気が人間には冷たい温度だ。
「ボクはここの厨房で働いてるんだよー」
「厨房で働いている貴方が何故外に出ている」
「えっ? それは今利駆ちゃんがぁ……」
「どうかなさいましたか? レンハくん」
レンハと問答している間に、爽羽のお目当ての人物が奥から出てきた。何か作業をしていたのか、洗った後らしい手をタオルで拭きながらこちらに歩み寄ってくる。
「あっ、お客様でしたか。いらっしゃいませ。お席はどちらになさいますか?」
「あっ、いや、その……」
「?」
確かに客を装って来店したのだが、レンハという予想外の人物に出くわしてしまったため、爽羽はすっかり調子を狂わされていた。言いよどむ彼に利駆は不思議そうに首を傾げた後、レンハと爽羽の顔を見比べる。そして爽羽のことをまじまじと見つめたかと思うと、両手をポンと叩いた後、にこやかにこう告げた。
「もしかして、オルハくんのご同郷の方ですか?」
これには爽羽も吃驚した。調査した段階では、権田利駆という人間の人柄は、どこかぼんやりとしていて、良く言えばおっとり、のんびりした性格をしていたはずだ。何も言わない内から自身の素性を悟られるというのは、爽羽としても想定外の出来事だった。
「凄いね、利駆ちゃん。なんでわかったの?」
「だって、お三方とも、なんだか雰囲気が似てますもの」
「似てないよ!」
「似てなどいない」
レンハと爽羽が同時に答える。この場にオルハがいたとしても、恐らく同じように否定したに違いない。それも特上の不機嫌顔とともに。
「えっ……でもきっと、理由さんに聞いても同じことを仰ると思うのですが」
「ヤメテ! お願いだからやめて! 恐いから理由ちゃんにそんなこと聞かないで!」
「……出直す」
色々と予定が狂った爽羽は、早々にその場を退散した。カウンター席の隅で新聞を広げながら、事の成り行きを見守っていたマスターの老爺は、最近来る客は何も頼まずに帰る輩が多いなぁと思いつつ、そんなことを口に出そうものなら利駆が過剰に恐縮することが容易に想像できたので、心の中で思うに留めるのであった。
(まぁ良いだろう。あの大馬鹿能天気もいずれ連れ戻すとして……)
喫茶店を退散しながら、爽羽は計画を練り直す。レンハのことも放っておくことはできない。オルハのついでに連れて帰るつもりだった。だが請けている任務としては、優先順位はオルハのほうが上だった。よって、レンハのことはとりあえず今は放置しておくとして、ターゲットが利駆とその周辺であることに変わりはなかった。
「……奴について調べてみるか」
次なる標的を定めた爽羽は、早速行動に移すべく、いずこかへと飛んで行った。
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