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利駆のアルバイトが終わって帰り道。今日は偶見に呼ばれて狭山の家でお茶をご馳走になることになっていた利駆は、オルハとともに彼の家まで歩いていた。隣のオルハは物凄く機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せている。というのも、先ほどから彼ら二人の後ろをてくてく歩いてついてくる、第三者の存在があるからだった。
「……で? アンタはいつまでついてくる気なんだ?」
「え? だって今日はボクの上がり、利駆ちゃんとおんなじ時間だし」
「そういうことを言ってるんじゃねぇ。オレらにはもう興味なかったんじゃねぇのかよ」
「ないけど?」
「じゃあついてくんな」
「安心してよ。ボクもこっちに用があるだけだから」
さもわざとらしくそう言うレンハは、結局そのまま、狭山の家までついてきた。勝手知ったる様子で「お邪魔しまーす」と利駆とオルハの後に続いて入って行く。中に入ってから彼が向かって行った先には、利駆とオルハの知らない少女の姿があった。
「あ……」
こちらに気付いた彼女は、座っていた椅子から立ち上がり、軽く会釈してきた。レンハはその隣に軽やかに滑り込み、親しげに肩を抱いてにこにこする。
「紹介しまーす、この娘は理由ちゃん。ボクの、……」
「知り合いです」
言いながら、レンハが肩に掛ける手を理由はパッと振り払った。レンハのほうは慣れているのか、さしてショックを受けた様子もない。
「んもう、理由ちゃんたら恥ずかしがり屋さんなんだからっ」
「違うから。ほら、偶見さん来たよ」
理由の言う通り、この家の主は間仕切りのカーテンをシャッと引きながら、こちらの部屋へ現れた。手にはいつぞや利駆の血液を調べた時と同じように、何かの検査結果の容姿を挟んだ木製のバインダーを持っていた。そこから目線を上げると、利駆とオルハの姿を認め、今気付いたというように「おや」と一言声を上げた。
「なんか騒がしいと思ってたら、やっぱりアンタたちが帰ってきてたんだね」
「おいババア、こいつらがいるなんて聞いてねぇぞ」
「言ってないからねぇ」
しれっと言い放つ偶見に、こめかみをピキッと引き攣らせるオルハ。だが流石に初対面の人間の前で暴れ出す訳にもいかないので、すんでのところでなんとか堪える。
「このバカその2は研究の手伝いをしてくれるって言うんでねぇ。今度から出入りを許すことにしたんだよ」
「で? どうなの? 結果は?」
今偶見が手にしているのは理由の血液成分の検査結果だった。中身が気になって仕方ないレンハは身体を前のめりにして偶見の手元を覗き込むが、偶見は心底嫌そうにシッシッと手で払いながら、ボードを見えないように背の後ろに隠した。
「どうもこうもない、ごく普通の人間の血だよ。A型のRHプラス。アンタのお好みのO型じゃなくて残念だったね」
「えー! でもだって、あんなに美味しかったのに!」
「だからその謎をこれから解明すんだろ」
これだからバカは、と言いながら、偶見はコーヒーを用意する。男二人はほったらかしにしたまま、利駆と理由に椅子を勧めた偶見は、そのまま理由に質問をし始めた。
「じゃあ、バカその2の推察を元に話を進めるけど。理由とか言ったかね、アンタ血を吸われてた時、このバカのことどう思ってた?」
「えーっと……最初はいきなり血を飲むとか言い出したので、頭がおかしい人かと」
「理由ちゃん酷くない? てか、狭山博士はバカバカ言い過ぎ!」
三人で話を始められてしまい、ついていけない利駆は目の前に用意されたお茶菓子をもそもそと食べることしかできないでいた。オルハも利駆の隣の椅子を引きながら「話が見えねぇ……」とぼやき、席に座ってからは頭を垂れて目を閉じてしまった。睡眠不足は相変わらずのようなので、恐らくこのまま眠ってしまうつもりだろう。
「あとは頭を打ったとか、何かの病気かなーとか」
「どっちにしろ失礼だよね?」
理由の冗談のような発言も、一つも漏らさず偶見は用紙に記して行った。ぎゃあぎゃあ騒ぐレンハの声を子守唄に、オルハはすぅすぅと寝息を立て始める。そんな彼の横で、温かいコーヒーをお供に、お茶菓子を楽しむ利駆。吸血鬼が二人もいる空間で、話題は吸血のことについてなのに、今この場を満たす雰囲気は、非常に穏やかなものなのだった。
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