第四章 花開き

「いらっしゃいませー」

 とある利駆のアルバイトの日。もうすぐ利駆の退勤時間だからと迎えに来たオルハの前に現れた店員の姿に、彼は顔を引き攣らせて固まった。そこにいたのは笑顔のレンハ。しかもなんと、この店の制服を着ていたのだった。

「おい……なんでアンタがここにいる?」

「んへへ~、今日からボクもここで働くことになりました! よろしくね~常連さん♪」

 ウフフと笑いながらウィンクを飛ばしてくるレンハに、オルハはますます嫌そうな顔をする。たまらず利駆の姿を探すと、目が合った彼女も仕方なさそうに苦笑していた。

「なんでもお金が要る理由ができたそうですよ?」

「金だぁー? んなもん、サワの野郎に言やいくらでも用意できんだろ」

「サワくんから貰ったお金は全部遣っちゃいましたぁ~。それにこれからのことは、誰かから貰ったお金じゃ意味がないしぃ」

 オルハの言う通り、三人目の吸血鬼・爽羽は、一体どこから調達したのか、多額の紙幣を所有していた。その内のいくらかは、「オルハを連れ戻すために遣え」とレンハにも支給された。しかしレンハは、その全てを理由とのあれこれに遣ってしまっていた。たとえ金が要ると爽羽に泣きついたところで、今更それ以上の額を渡してもらえる訳がないのだった。

「マスターもなんでこんな奴……」

「えっ? 何かいけなかったかい?」

 カウンターの一番端の席に座りながら新聞を読んでいた老爺が、ふいに自分を呼ぶ声に顔を上げる。なんでも利駆の知り合いだからということで安心しているようだが、オルハが何故レンハが勤めることに反対しているかを話す訳にもいかない。彼はオルハたちが吸血鬼であるということは知らないのである。

「彼には中の手伝いをしてもらっているんだ。権田さんは専らフロアに出てるから、こっちとしては助かってるよ」

「そっ……すか……まぁアンタがそう言うのなら……」

「へっへーん! 味方がいなくて残念だね? オルハくん」

 にやにやしながら軽く腰を曲げてこちらを見やるレンハを殴りたい気持ちを、オルハは苦労して抑える。だが腑に落ちないのは、そのことだけではないのだった。

「アンタ……わざわざこの店にして、利駆になんかするつもりじゃねぇだろうな」

「あー、そのこと? 安心してよ。オルハくんと利駆ちゃんに何かする気はもうないから」

「は?」

「なんかもうどうでもいいっていうか? 今はそれよりも大事なことがあるっていうか?」

 要領を得ないレンハの言い種に、オルハはまたもイライラしてくる。握った拳がふるふると震え始めるのを、レンハは目敏く見逃さなかった。

「はいはい! 今はまだ勤務時間だからねー、お客さんじゃないなら出てってねー!」

 そう言って、オルハの背を無理やり押すと、レンハは彼を外へと追いやる。カランカラン、と鳴る鐘を背に、手で頭を掻きながらオルハは盛大な溜め息を吐いた。どの道利駆はもうすぐ時間だ、後になってから話を聞き出しても遅くはあるまい。そう考え直すと、オルハは定位置の店の外壁に背を預けると、なんとはなしに空を見上げながら利駆が出てくるのを待つのであった。

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