「ちょ、レンハ!」

「んふふ~、そう簡単に放すと思う?」

 にまにまと笑いながらこちらを見つめてくるレンハに、理由は咄嗟に顔を逸らす。先ほどまで失態を晒していたこともさることながら、父親以外の異性とここまで接近したのも初めてのことなので、二重の羞恥が理由を襲う。そんな理由をニコニコと観察しながら、レンハは「そうだ!」と言って、何かを思い出したのか、理由の背の後ろで自分の両手をポンと叩いた。

「これ、返そうと思って持って来たんだ」

 ガサゴソとポケットを漁ると、レンハは掌にある物を掴んで理由に渡してきた。目線で促され、理由も自分の両掌を広げる。そこにポトリと落とされたのは、理由にとってとても馴染み深い物だった。

「これ、おばあちゃんのペンダント……!」

「うん。あの時はついカッとなって取っちゃったけど、大事な物なんでしょ? ……イジワルしてごめんね?」

「新しいチェーン、つけてくれたんだ」

「だってそれ、壊したのボクだし……」

 言いながら視線を逸らし、きまり悪そうに頬を掻くレンハは、どこか歳相応な少年のように理由の目には映った。実際は人間ではないので、見た目以上の年齢を重ねているのが、レンハたち吸血鬼ではあるのだが。

「それともう一つ、渡したい物があるんだ。理由ちゃん、ちょっとそのままジッとしててね」

 言うなり、レンハは理由の首の後ろへ手を伸ばす。短めの髪がかき上げられ、くすぐったさに少し理由が身を竦ませている間に、レンハは器用にある物の留め金を付け終えた。それは、祖母の形見とはまた別の、小振りで可憐なペンダントだった。

「な、に……? これ、どうしたの?」

 付けられたままでは自分では見えないので、理由はトップを摘まんで持ち上げた。それはヘ音記号の形をしており、真ん中には、濃い緑地に赤い斑点のある石が据えられていた。

「この石、ブラッドストーンっていうんだって。えっと、不死のエネルギーがあって、事故とかー災難とか? そういうのから身を守ってくれるお守りなんだってさ! お店の人から聞いたんだけど、なんでも魔的なモノを寄せ付けないらしいよ?」

「魔的なモノ……」

 レンハの言葉を繰り返しながら、理由はしげしげと、彼の顔を胡乱げな目で見つめた。魔的なモノの代表格が、今目の前にいる吸血鬼ではなかろうか。その彼が手にすることができたということは、あまり効果がないのでは……そう、喉まで言葉が出かかったが、理由はすんでのところでそれを飲み込んだ。今のレンハはひどく上機嫌だ。わざわざそこに水を差すこともあるまい、と考えてのことだった。

「これで許してもらおうって訳じゃないんだけど。まぁ、お詫びの一つってことでさ。……受け取ってもらえる?」

「うん、わかった……ありがとう」

 レンハの言う通り、物で釣られて許せるほど、理由は単純ではない。しかし、興味深そうにトップをくるくると指先で弄っている様子から、少なくとも贈り物が気に入らなかった訳ではなさそうなことが、レンハにも伝わってきた。

「それで、さ。さっきの話の続きなんだけど」

「?」

「一緒に住もうって話」

「!」

「あれ、冗談じゃないから」

 話題が元に戻ってしまったことで、理由の心に再び動揺が走る。トップを弄る手が止まる。緊張から、視線が飾りの石に固定されてしまった。

「って言っても、究極最終手段の話ね。どうせその様子じゃ、親父さんの話、詳しいことはまだちゃんと聞いてないんでしょ? もう一度、ちゃんと話し合ってゆっくり考えて、それでもどうしてもダメそうな時、ボクと一緒に住むっていう、最後の方法があるってこと。選択肢の一つとして考えておいてほしいなって」

「………………」

「何もこれからずっとっていう話してるんじゃないよ? 落ち着くまでっていうか、理由ちゃんが新しいお母さんの存在に慣れるまでっていうか……あっ、そもそも理由ちゃんが親父さんの再婚に反対するってんなら選択肢も何もないんだけどさ」

「……んで」

「ん?」

「なんでそんな風に気にしてくれるの?」

 レンハのこれまでの所業を考えると、理由はどうして彼がここまでしてくれるのかわからなかった。また騙して驚かそうとしているのではないか? さもなくば都合の良い夢でも見ているのではないか? そんな風につい疑ってしまい、信じることができないでいる。

「だからさっきも言ったじゃない。理由ちゃんのことが気に入っちゃったんだってば」

 そう言って、レンハはまたしても理由にギューっと抱きついてきた。反射的に理由はカチンコチンに固まってしまう。顔が湯気を出しそうなほど赤いことは言うまでもない。

「あー……なんかボク、わかっちゃったかも」

「……?」

 一体なんのことについて何がわかったのか、理由にはさっぱりわからなかったのだが、レンハは満足そうに一人うんうんと頷いている。

「まぁとりあえず帰ろうよ。親父さんむっちゃ心配してるからさ」

「……ん」

 レンハに色々驚かされたせいか、理由の気持ちは彼女自身も気が付かない内にすっかり綺麗に切り替えることができていた。今なら父親とも取り乱さずにしっかり話をすることができそうだ。そう思って、理由が小さく頷くのを確認すると、レンハは携帯電話を取り出して、理由の父親に「内藤さん見つけました。今からそちらへ連れて戻ります」と連絡する。ほどなくしてかかってきた父親からの電話に、理由はレンハの物を借りて出て、一言「ごめんなさい」とだけ告げた。

 そうして二人連れだって、理由の家へと帰ったのだが、事はそれで平穏に終わる訳ではなかった。

「理由さんと二人で住まわせて下さい!」

 何を考えたのか、突然、なんの脈絡もなくレンハがしてきたお願いに、理由の父親は目を丸くさせてポカーンとする。理由の父親にとって、彼女は苦労して大事に育ててきた一人娘だ。行方不明になった彼女を連れて帰ってきてくれた恩があるとはいえ、どこの馬の骨とも知れない謎の同級生(しかも本当は同級生ですらない吸血鬼)に、急に同棲させろと言われても無理がある。当然、レンハの申し出が簡単に許されるはずもなく、理由はこの後の話し合いに、とても苦労させられるハメになるのであった。

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