「泣いて、いいんだよ」

 レンハはもう一度、諭すように理由に言う。言われた理由の目頭に、涙が浮かぶ。何かが許されたような、そんな気持ちにさせる言葉だった。

「泣きたい時は、泣いていいんだ。言いたいことがあるなら、ボクに全部ぶつけていい。だからキミは、なんにも我慢しなくていいんだよ」

 理由の頭を抱えるレンハの手に、ギュッと力が込められる。理由が堪えられたのは、そこまでだった。掴んでいたブランコチェーンをかなぐり捨て、立ち上がった勢いでそのままレンハの胸に飛びつく。レンハは一歩だけ後ずさるも、そこで踏み止まり、しっかりと理由を抱え直す。ワァッと声を上げて泣き始めた理由の背中を擦り、ポンポンとあやすように軽く叩く。そして、彼女に聞こえていても、聞こえていなくてもどちらでも良いからと、自分の想いを口にする。

「ごめん、ごめんね」

「うっうっ、わーん!」

「ボク、キミに酷いことしたね。たくさん、たくさん辛い想いさせたね」

「うっ……うー!」

「キミの優しさは、多分、知らず知らずの内に、キミ自身を傷つけてる」

「……?」

「大丈夫、キミ自身がわかってなくても、ボクはわかってるつもりだから」

 だんだんレンハの言っていることの意味がわからなくなってきた理由は、しゃくり上げる声までは止められないものの、徐々に落ち着きを取り戻してレンハの顔を見上げてきた。そんな理由に、レンハはこれまでに見せたことのないような優しい笑みを浮かべながら、サラサラと理由の頭を柔らかく撫でた。

「どう? 少しスッキリした?」

「……うん。ごめんなさい、みっともないとこ見せた」

「いいんだよ。ボクが言ったんだし。で、どう? 帰れそう?」

 問われ、理由は目の前のレンハの衣服をギュッと掴む。大泣きしたことで抱えていたもやもやは少し晴れたが、気持ちの整理がついたとはまだ言い難い。再び黙って俯いてしまった理由を勇気づけるように、レンハはトンと理由の背を叩く。

「言ったでしょ? 思ってることがあるなら吐き出しちゃえって。ボク、親父さんに告げ口とかしないし」

 促され、理由はポツポツと話し始める。

「お父さん、再婚するって」

「そうなんだ」

「私、どうしていいかわかんなくなっちゃって」

「そりゃそうだ」

「新しいお母さんどんな人かなとか」

「うんうん」

「家に居場所無くなっちゃうんじゃないかなとか」

「じゃ、ボクと住も?」

「うん………………え?」

 普通に自分の愚痴を聞いてくれていたと思っていたレンハが、何やらとんでもないことを言い出した。理由は訳もわからないまま承諾の返事をしてしまったが、冷静に考えればそんなに簡単に是と言える問題ではない。何よりレンハは、自分のことを良く思ってなかったのではないかと理由は考えていた。

「高橋さん、私のこと嫌いですよね?」

「あっ、今更だけどそれ偽名だから。レンハって呼んで」

「いやこの際それはどうでもいいんですけど」

「どうでもいい!」

 酷い! とレンハは片手で顔を半分覆い、悲嘆に暮れるポーズをとる。理由も薄々感じていたが、どうやらレンハという吸血鬼はオーバーリアクションを取る傾向にあるようだ。

「ってゆーか、嫌いなんていつ言った? ボク、理由ちゃんのこと気に入ってるよ? 血も美味しかったし」

「そっちが本音ですか」

「否定はしない」

 しないんだ……と、理由は眉を顰める。彼女はいまいち、レンハという人物像を掴みきれないでいた。そもそも散々酷い嫌がらせをしてきておいて、自分のことを嫌いではないというレンハの言い分が信じられない。嘘を吐いているようにも見えないが、彼の感情構造は他人のそれと造りが異なるのではないだろうか。

「う~ん、でもあれだね。決め手はあの一撃! あれでやられた!」

 そう言ってレンハは、いつぞやの理由の平手打ちを自分で再現する。楽しげなウィンク付きで。理由はますますもって、レンハのことがわからなくなる。

「レンハって……異常性癖持ち?」

「うん? まぁ血は好きかな」

「そういうことじゃなくて」

 嘆息し、両目を閉じる。と、そこで初めて、今自分たちがどのような格好でいるかということに理由は気付いた。先ほどまでは必死すぎて何も考えていなかったが、端から見れば情熱的に抱き合う格好になってはいないだろうか。意識すると途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染めた理由は慌ててレンハから離れようと両手で彼の胸板を押す。対する彼は、そんなことは許さんとばかりに、ますます抱き締める腕に力を込めてくるのだった。

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