第三章 芽吹き

 誰もいない夕闇の公園。そこに、キイキイと緩やかに軋むブランコの音が寂しげに響いていた。揺らしていたのは理由。彼女は、その昔祖母の家があった場所の近くの公園を訪れており、一人ぼんやりとブランコを揺らしているのであった。数十分前までは遊んでいた近所の子どもたちも数人いたのだが、皆定刻の鐘が鳴るなり、それぞれの家庭へと帰って行った。

 理由の父親は、彼女が何も携帯していないと思っていたが、制服の内ポケットに財布と定期券は入れていたので、それを使って電車を乗り継いでここまでやってきた。夢中で家から駆け出した時、行きたい場所として真っ先に浮かんだのは祖母の家だった。だが祖母亡き今、彼女の家も同じくもう無い。なので代わりに、よく祖母に連れて行ってもらっていた近場の公園を選んだのだ。

 どこを見るともなしに視線を中空へ彷徨わせながら、理由は考え事をする。ここでいつまでも現実から逃げていても、何も解決しないことくらい、理由自身にもわかっていた。父の話も満足に聞いていない、もっときちんと聞かないと何も判断できない。けれども、どうしようもなくもやもやとした感情が身体の中を駆け巡り、ここから立ち上がって家まで帰ろうという気を起こさせなかった。

 これまで理由が生きてきた中で、世界の中心にいたのは両親と母方の祖母の三人だった。祖父は残念ながら、物心つかない内に亡くなっているので記憶がない。父方の祖父母とも仲が悪い訳ではなかったが、如何せん遠方に住んでいたので、理由にとって近しい祖父母といえば、どうしても母方のほうになっていた。その、祖母が亡くなり。母が去り。理由にとって父親は、最後の砦のようなものだった。そこへ、新しい風が吹いてくると言う。その風に、理由は果たして馴染めるのだろうか。父を、奪ってしまうのではないか。――自分の居場所は、なくなってしまうのではないか。そんな想いが去来する。

 泣けたらどんなに楽だろう。そう思って俯くも、理由の目から零れるものは何もなかった。ブランコのチェーンをグッと握りしめる。早く帰らなければ。行き先も告げずに急に飛び出して、父は心配しているに決まっている。携帯電話は持ってこなかったから、このままでは向こうからは連絡してくることさえもできない。そう思うも、足が言うことをきかない。できたのは、せいぜい地に付けてブランコを止めることくらいで……。

「泣いていいんだよ」

 唐突に、頭上から声が降ってくる。気付けば理由の頭は、誰かの胸に抱かれていた。チェーンごと抱かれた身体は不格好な形に傾いでいて、少し痛い。けれどそんな違和感は気にならないくらい、その温かさは理由の心をホッとさせた。聞き間違えようがない、男声にしては少し高めのトーン。声の主は、レンハその人だった。

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