「ね、キミって血液型、O?」

 血を吸う合間に、戀羽は囁くように問い掛けた。対する少女は、必死そうな表情を崩さないまま、違うという意を表するために、首をふるふると横に振る。これには戀羽も意外そうな顔をする。質問したのは自分であるものの、ほぼ間違いないだろうという確信があったのだ。好みの型ではないのに、何故こんなにも口に合うのだろうと不思議に思い、首を傾げる。

「こんなに美味しいのに、O型じゃないんだ……ふ~ん……」

「そ、そんなことより、警察行きましょう」

「は?」

 戀羽は今度こそきょとんと目を点にする。少女としては先ほど導き出した交通事故という結論から見出した順当な答えだったのだが、戀羽がそんな彼女の思考を知る由もない。戀羽の訝しげな顔を見ると、少女は慌てて言い直した。

「間違えました、先に病院ですね」

「病院って。なんで?」

 戀羽は得意げに両手を広げてみせる。そこには、つい先ほどまでは確かにあったはずの怪我の数々は、全く見受けられなかった。吸血中の少女は必死に目を閉じていたので、戀羽の傷が治っていく様を実際には見ていない。なので、今初めて、戀羽に怪我がないことに気付いた状態だ。あまりに非現実的な現象を目の当たりにして、少女は血が吸われたのとは別のショックで、頭がくらくらしてきたのを感じた。

「すみません、幻覚があったのはどうやら私のほうだったみたいです」

「キミってすっごいリアリスト且つ、現実逃避が上手いんだね」

 少女が現実を認めたがらずに混乱している様子を楽しみながら、戀羽はくつくつと笑った。その隙に、少女はグッと戀羽を押しのけ力任せに立ち上がった。少女の身体の一体どこにそんな力が残っていたのか、すっかり油断していた戀羽はあっけなくコロリと転がる。

「だ、大丈夫そうですので、私はこれで失礼します! じゃ!」

 言うなり、肌蹴た胸元を押さえながらパタパタと駆け去って行ってしまった。呆気にとられていた戀羽は、ついそのまま、呆然と少女の逃亡を許してしまった。

「は……ハハハハ! 見―つけちゃった、もっと面白そうなコト♪」

 人気のない裏路地の角に、戀羽のカラカラとした笑い声だけが広がっていった夜だった。

 翌朝、オルハと利駆の前に現れた戀羽は、傷が治るどころか肌もツヤツヤとしていた。暫くは動けない状態にしたつもりだっただけに、オルハは不審そうに眉を顰める。戀羽の変化はそれだけでなく、口にした話題も、これまでとは違うものだった。

「ねぇねぇ、この辺の看護学校ってドコ?」

「看護学校……ですか?」

 この辺りの看護学校といえば、普通科と併設して看護科のある私立の女子校一つだけだ。その存在は知っていたが、流石の利駆も、そうホイホイと情報を戀羽に流していいものかと迷う。吸血鬼という属性を抜きにしても、男子が女子校に興味を示すなど、何か良からぬことをするつもりではないのかと警戒してのことだった。答えあぐねている利駆を見かねて、オルハが口を挟む。

「何のつもりだ?」

「べっつにぃ~? ちょっと面白い子見つけたから? お友達になりたいかな~なんて?」

 戀羽はオルハの神経を逆なでるとわかっていて、わざと語尾を上げた調子で答える。案の定顔を歪めたオルハの様子に、戀羽は満足げににんまりと笑った。

「オルハくんてば、利駆ちゃんにベーッタリみたいだし。ちょっとくらい他の子と遊んでも良いかなって思って」

「は? こいつは唯一の食糧だから見張ってるだけなんだけど」

「まったまたー。オルハくんお得意の照れ隠しでしょ? それ」

「頭お花畑なのもいい加減にしろよ気色悪ぃ」

「わ、わたし、見張られていたのですね……」

 二人が悪口の応酬をしている間に、利駆は顔をサーッと青くする。

「そんなことなさらなくても、わたし、悪事を働いたりはしないつもりですが……」

「バーカ。アンタほっといたらまた蝶野の世話焼いたりすんだろ」

「それは別に悪いことでは……」

「アンタがパシられればパシられるほどアイツはダメ男になるぞ? 自立してないアイドルなんてかっこわりぃだろ? それでもいいのか?」

「そっ、それは確かに……! 忌々しき事態ですね……」

 むむむと考え込む利駆に、してやったりと内心思っているオルハ。そんな二人は、どこからどう見てもデキているだろう……と考える戀羽は、だんだんとイライラを募らせていた。これ以上茶番を見せられるのは御免こうむりたいところだ。

「あーウザ。もうどうでもいいわ」

「えっ?」

「あの娘のことももう自分で探すから。じゃね」

 手を振って踵を返すと、戀羽は常のように、どこへともなく姿を消した。突然の態度の変化についていけない利駆は、心配そうに戀羽の消えた跡を見つめる。戀羽が気分屋であることはいつものことだったので、オルハは「ほっとけ」と一言だけ行って再び歩き出す。この後の二人は、朝に戀羽に会ったこと以外は、特別変わったこともなく、一日を過ごすことになった。

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