オルハたちと別れた戀羽は、運良く昨夜の少女と同じ制服を着ている生徒を見つけていた。

「ボクってば超ラッキー☆ あの子についてったら昨日の子の学校にも辿り着けるよね♪」

 そうしてストーカーよろしく女子生徒の後をつけ、到着した先はなるほど私立の学校らしく、利駆たちの通う公立校よりいくらか洒落た雰囲気を持つ学舎であった。門に吸い込まれていく女学生たちは髪の長さも様々だが、昨日の少女のように短めの生徒の数も決して少なくはなかった。だが戀羽には、少女を見つけられるという確信があった。何せ少女の肩口には、戀羽のつけた牙の痕がある。そこから香る血の匂いは、いくら瘡蓋で塞がれていたとしても、戀羽の鼻を誤魔化せないはずだったのだ。

(ほーらね。いたいた)

 漂ってきた香りに戀羽が視線をそちらへ向けると、件の少女がちょうどこちらへと歩いて来ているところだった。彼がいることには気がついていない様子の少女に向かい、横の陰から手を伸ばした戀羽は、少女の腕を掴んでメイン通りから外れた先にサッと連れ込む。

「ッ!」

「オハヨウゴザイマース」

 息を飲んだ少女に向かい、戀羽は人差し指を立ててシーッと言いながら挨拶する。昨日と同じく唐突な戀羽の行動に、少女の顔は強張っている。

「な、なんですか、何かご用ですか?」

「うーん? お名前きくの忘れちゃったなと思って」

 掴んだ腕は離さないまま、戀羽は少女の胸元を注視する。そこには、一見学生の物らしくない、オフィスで付けていても違和感のなさそうな洗練されたデザインのネームプレートが付けられていた。

「ナイトウリユちゃんね」

 内藤理由。そう書かれた名札の下には、小さくローマ字で振り仮名が彫り込まれていた。Naitoh Riyu。それが少女の名前らしい。少女――理由は慌てて、戀羽に掴まれていないほうの腕でバッと名札を隠してしまう。

「あー今更隠しても無駄無駄。因みにそれ昨日から付いてたからね。暗がりだから読めなかっただけで」

「……」

 理由は思わず絶句し、自分の失態を呪った。近年、変質者に見られないようにとの配慮から、この付近の学校では学外では名札を外すように指導されている。理由も普段は一歩学校の外へ出れば外していた。それが、昨日今日に限ってはうっかり外し忘れていたのだ。そんな時に戀羽と出会ってしまうなど、彼女にとっては不幸な偶然としか言いようがなかった。

「あ、貴方こそどちら様ですか?」

「ボク? 戀羽。旧字体の戀に、空飛ぶ羽で戀羽。苗字は~……そうだな、高橋とかで良くない?」

「良くない? って……」

 オルハ同様、戀羽には人間で言うところの苗字に当たる名前がない。そのため、今テキトウに考えたのが「高橋」なのだが、理由はそんな事情など知るはずもなかった。

「うん、いいね。高橋戀羽。なんか気に入っちゃった! 今度からそう名乗ろっと」

 上機嫌にうんうん頷くと、戀羽はグイッと少女をより引っ張る。

「ねぇ、それよりさぁ……」

 声を潜め、耳元で捲し立てるように問い掛けた。

「なんでキミの血ってあんなに美味しいの? 何か食生活に秘訣があるの? そもそもなんでボクのこと助けたの? あそこで放っておくこともできたよね?」

「な、なんでって……助けようとするのは当たり前じゃないですか。それより私これから学校なんです、離して下さい」

「……は?」

 一瞬で戀羽の声のトーンが変わった。顔からも表情が失せている。理由にとっては当然の答えを真面目に言っただけなので、何が戀羽の気に障ったのかわからない。

「ねぇ、当たり前って何? なんで当たり前なの? それってあれ? いわゆる偽善者的な模範解答?」

 そしてパッと腕を離すと、目を眇めながら言い放った。

「うっざ……ボクそういうの好きじゃないんだよね」

 クルッと背を向けて立ち去る戀羽。理由は何が起こったのか全くわからないまま置き去りにされた。勝手に連れ込まれて、勝手に質問攻めにされて、勝手に怒って、勝手に帰って行ってしまった。だが理由には、怒りより安堵が勝っていた。これでやっと学校に行ける。そう思いながら、掴まれていた腕を軽くパッパッと払うと、気を取り直して元歩いていた道へ戻る。

 しかし、この時の理由はまだ知らなかった。この後の戀羽の行動が、彼女に地獄の日々を与えることを。

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