狭山の家から蝶野への、家路を辿る利駆とオルハ。時期的に日が落ちると少し肌寒いが、オルハは寒さに強いのか、制服の詰襟にズボンという、比較的薄着な恰好のままだった。利駆は両手で学生鞄を持っていたが、持ち手を片方ずつ交代で持ち替えて、カーディガンの袖をそろりと伸ばす。そういえば吸血鬼の話で、昼間に外を出歩くと死んでしまう、というのを聞いたことがあるのを思い出す。オルハが昼も普通に太陽の下で寝ていることを考えると、それはガセネタということになるのかもしれない。だが似たような理由で、暑さより寒さに強い、ということは充分に考えられる。利駆がそのようなことをつらつらと考えていると、その様子を見ていたオルハは徐に、「ん」と言ってポケットに突っ込んでいた手を差し出してきた。

「ん?」

「寒いんだろ。繋いでれば?」

 途端、利駆の頭の中を駆け巡ったのは、キスをされたこと、血を吸われたこと。それこそ、手を繋ぐ、なんてこと以上に、物凄いことを既にされてしまったはずだった。だというのに、今、目の前の。その手をとることが、何故だか途轍もなく恥ずかしいことのように感じてしまい。急に彼のことを意識してしまった利駆は顔を真っ赤に染め、ジリジリと後ずさる。暗くて顔色が良く見えないことを祈る。

「いいいい、要らないです、大丈夫です」

 遠慮する意思を示すために、大袈裟なくらい、パタパタと顔の前で片手を振りまくる。

「そ」

 短く返答すると、オルハは再び手をポケットにしまい、前を向き直す。しかし少しも歩かない内にまた、「あのさ」と声を掛けてきた。

「アンタ、オレの女にならない?」

「はい?」

「人間風に言うと付き合えってことなんだけど」

「ダメです」

 オルハは不意を突いたつもりだった。先ほどのように頬を染めて狼狽えればいい、そんな思惑があったのだ。ところが利駆の反応は真逆。顔色は冷静になり、速攻で断られてしまった。

「んでだよ。キスやじゃなかったんだろ?」

「それとこれとは話が違います。あっ、もちろん、お身体がお困りの際に血はご提供致します。でもごめんなさい、お付き合いはできません」

 どこが違うんだよ……とオルハは思うが、その後も利駆の態度は頑なだった。蝶野の家までの距離程度では到底口説き落とせるはずもなく、結局その日は諦めざるを得なかった。翌日以降、オルハのそれとないアピールが続いていくことを、この時の利駆はまだ知らない。

 オルハに送られ、無事蝶野の家に帰宅した利駆は、自室に急いで駆け込んだ。閉めたドアに背を預け、ジリジリと床に座り込むと、顔を両手で包み込む。慣れないポーカーフェイスを気取ったその顔は、今や元通りの朱に染まり、とてもじゃないがこのまま茜の両親の前には出て行けそうにもなかった。

(お父さんもお母さんも、茜くんも。わたしが好きな人は、みんな不幸になりました。だからわたしは、誰かを好きになってはいけません。貴方のことも、好きになんかなりません)

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