「……腕ぇ、出せ」

 そう言って、オルハは手を伸ばしてきた。吸血鬼といえば首や肩から血を吸うのでは、そんな固定観念のあった利駆は一瞬きょとんとするも、すぐに意図を理解し慌てて制服のカーディガンの袖を捲った。

「……あんま痛くないようにする」

 その言葉に、利駆は逆に「そうか、血を吸うというのは、痛いことなんだ」と思い至ってしまった。途端に怖さがひたひたと襲ってきたが、親指を内に折り入れた形で握り拳を作り、両目をギュッと閉じて、努めて余計なことは考えないようにした。わたしがしているのは正しいこと、オルハくんのお役に立てること……。

 一方オルハのほうは、利駆の腕に顔を近づけたところで一度躊躇してしまった。口を開けたまま静止してしまったため、吐息が利駆の皮膚をかすめる。そのほんのりとした温かさに、利駆がピクリと反応する。よく観察しなくても、彼女が恐怖と闘ってふるふる震えているのはオルハにもわかった。ここでやめるのは逆に失礼だ。そう思い直したオルハは、上目づかいでちらりと利駆の顔を見つめた後、覚悟を決めて、彼女の腕に噛みついた。

 ツプリ。

 注射の針より確実に痛いその牙は、だが何故かオルハの言った通り加減されていることが利駆にはわかった。彼ならもっと乱暴に噛める、だが敢えてそうされていない。そんな確信に、利駆は自分がまるで丁重に扱われているような錯覚に陥って、じんわりと嬉しくなってしまった。恐ろしさに震えていた心は、徐々に落ち着きを取り戻す。

「……? マジでビンゴか?」

 合間に呟いたオルハの声音に、苦しげな色は混ざっていなかった。まさか本当に、自分の血液型はRHマイナスのAB型だったのだろうか。だとしたら、もしかしたら今後も、オルハの役に立てるのではないか。自分の存在意義が見つけられたようで、利駆はますます嬉しくなる。利駆の気が高ぶれば高ぶるほど、オルハは血に夢中になった。

(なんだこれ……平気などころか……うま……)

 牙で開けた穴から流れる血が待ちきれず、舌でチロリと傷をくすぐる。すると、震えが止まっていたはずの利駆の身体がビクリと震えた。オルハは反射的に、バッと顔を腕から離す。

「……ごめん、嫌だったよな」

「い、嫌だなんてそんな……わ、わたしが言い出したことですし……」

 それに、と利駆は言い難そうに続ける。オルハが掴んでいる腕とは反対側の手で口元を覆ってはいるが、顔が真っ赤なのは全くと言って良いほど隠すことに失敗していた。

「む、むしろ、ワガママを言わせて頂きますと、その、もっと……」

 それ以上は言葉にならなかった。一度開いた目を再び瞑って俯いてしまう利駆。そんな彼女の様子に、オルハは不敵ににんまり笑うと、

「あぁ、いくらでもしてやるよ。ま、これからな」

 と、何やら意味深長なことを口にした。

 空が藍色に染まる頃。滅多に人の寄りつかない旧校舎の裏庭では、その後も暫く、静かな秘め事が続けられていた。

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