第四章 君の血の色
1
居残り課題の最後の問いの答えを埋めると、利駆はシャーペンを机上に置き、「んんっ」と軽く声を上げながら両手を天へ向けて伸ばす。ふと窓へと目を向けると、辺りは夕焼け模様へと変わっており、秋雲の端々が茜色で着飾っていた。
(茜色……茜くんの、茜)
それは嫌でも彼を連想させる色彩名。けれど今利駆が気にしなければならないのは撮影へ出掛けてしまった茜ではなく、今も利駆のことを待っているであろうオルハのほうだった。時間を気にせず問題を解いていたが、待たせている人がいたならもっと急いだほうが良かったのかもしれない。だがどうしても、ついつい問いと問いの合間に考え事をしてしまっていたため予想以上に時間がかかり、気がつけば空もこんな色に染まってしまう時間帯になってしまったのだった。
(急ぎましょう、待ちくたびれているかもしれません)
そこからは手早く帰りの準備をすると、職員室へ寄って課題を提出してから、目的の裏庭へと向かって行った。特にそこで、と待ち合わせ場所を指定された訳ではないが、やはりそこにオルハはおり……だが、少し様子が変だった。
「オルハくん?」
「っ……」
蹲り、苦しそうなオルハの姿には見覚えがある。恐らく栄養失調による発作だろう。利駆の顔はサッと青ざめ、慌ててオルハへ駆け寄った
「大丈夫ですか? オルハくん、苦しいんですか?」
「……」
先日も失態を晒してしまったばかりなので、気まずさにオルハは素直に肯定できない。だが素直ではない人間の相手なら慣れている利駆は、それを是と受け取って、すぐさま次の行動へと移った。携帯電話をポケットから取り出し、パッと偶見の番号を繰り出す。彼女の番号は緊急時に使うことになるだろうとの予測から、予め短縮ダイヤルへの登録を済ませていた。
「お薬はどこにありますか? なんならわたしが取ってきます」
「……ぃ」
「はい?」
「無い」
これには利駆も絶句する。オルハがあの薬の味を好んでいないことは、夏の偶見とのやり取りでなんとなく察していた。だが未だに携帯するのを渋っているとは、流石に思いもしなかったのだ。
「この間偶見さんから頂いていたものは?」
「大分前、咽喉渇いた時に飲んじまった。だから今日、そろそろヤバいと思って、ばばあんとこ行こうと……」
苦しげに告げるオルハの声色に、利駆は焦って混乱しそうになる自分自身を心の中で叱咤する。どうする? どうすればいい? このまま偶見に来てもらうとして、果たして間に合うだろうか? 今自分にできる最善のことは、一体なんだろうか……。
「オルハくん、わた、わたしの血を飲んでみて下さい!」
「……は?」
今度はオルハが狼狽える番だった。自分は人の血が飲めない。そのことについては夏に話していたはずだが、まさか覚えていないということもあるまい。利駆が一体何を考えているのか、オルハには皆目見当もつかなかった。
「AB型のRHマイナスなら、極力アレルギー反応を抑えられるんですよね? わ、わたし、血液型を調べたことがないので、もしかしたらビンゴでAB型のRHマイナスなのやもしれません!」
危険な賭けなのはわかっていますが、と、利駆は控えめに付け加える。彼女が何の考えもなしに訴えているのではないことはオルハにもわかった。彼女の性格上、目の前で苦しむオルハを見て、偶見を呼ぶ前に何かできることをしようと模索した結果であるのだろう。オルハはよくよく考える。利駆の提案は万が一ダメだった時のリスクが高い。偶見が車で迎えに来るまで我慢できないこともない。だが何故か、オルハはその申し出に乗っかってみようという気になってしまった。その場の気まぐれか、と聞かれれば、そうだと答えるだろう。だが後に、オルハはこの時の選択は運命だったのだと思うようになる。
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