「あっ、アカネー! お帰りっ!」

「忘れ物あったー?」

 昇降口を出た辺りのところでたむろしていた女学生たちが、茜の帰還とともに振り返る。彼女たちは茜に、「忘れ物思い出したから、ここで待ってろ」と言われ、荷物番をしていたところだ。最初は皆で教室まで戻ろう、と誰もが提案したのだが、茜たっての希望ということもあり、結局はここで全員で待つことになった。

「……なんか、気のせいだった」

 途端、「えー!」という声が上がるが、どれも本気で不機嫌な様子はない。「もう、仕方ないんだからぁ」というような調子で、今度こそ一緒に帰ろうと言わんばかりに、それぞれの鞄を肩から提げ直す。

「あ、ほら! 空の色! アカネの名前の茜色だよ」

 誰かが一人、夕空を指さしたところで、皆からわぁっと歓声が上がる。その中から聞こえた、「茜って良い名前だよね」という呟きを、当の茜は聞き逃さなかった。

「お……前ら、何言って……俺……俺は覚えてんだぞ。お前らは忘れてるかもしれねぇけど。今でこそカッコいいのに女みたいな名前がイカすとか持て囃してるけど、昔はこの名前を散々バカにしてくれたこと。そんな中でも、利駆は、利駆だけは……アイツだけは、決してそんなからかいの意味で俺の名前を呼ばなかったのに……」

「え……? アカネ、もしかして権田のこと……」

 本当に、偶々の出来事だった。この時、一緒に帰ろうとしていた集団は、出身小学校が同じ者たちで揃っていたこと。そして本当に偶々、彼女たちの些細な一言が茜の心に突き刺さってしまうほど、彼のこの時の精神状態は揺れていたこと。そんな偶然が重なって、茜は普段、言わずに心の奥底にしまっていたはずの本音を、つい、こぼれさせてしまった。

「……わり、今日撮影あるの思い出したからっ!」

 そうして、茜は逃げるようにその場を走り去る。撮影があるのは本当のことだが、どうしてこんな風に駆け出してしまったのかは、考えるまでもないことだった。これで、噂は広がるだろう。もしかしたらマスコミにまで誰かがリークするかもしれない。けれども今、茜には何も考えることができなかった。ただがむしゃらに走りまくることで、つきまとう何かを振り落とさんばかりに、必死になることしか、できなかった。

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