オルハの人間界における保護者的存在の狭山偶見と、オルハ自身の付き合いは、実はそう長くはない。オルハは吸血鬼界を追われる際に、「吸血鬼の研究第一人者がいる、そこに行け」と言われて偶見のところに来ただけなので、偶見については知らないことのほうが多いのだ。偶見はオルハの体質の解析に夢中で自分の身の上話どころではなかったし、オルハはオルハで彼女について詮索する気がまるでなかった。それで生活は成り立っており、事実不便なことは何一つとしてなかったのだ。

 オルハの知らない偶見の過去の一つに、その昔、オルハ以外の吸血鬼との接触があったことが挙げられる。それも、接触、というほど軽いものではない。偶見にとっては、それによって彼女の人生を百八十度変えられたと言っても過言ではない出会いであった。

 今でこそ吸血鬼研究で実績を上げている偶見であるが、元々は吸血鬼とは全く縁のない生活を送っている女性であった。古くは民俗学を専攻していた。女が勉学なんて、と言われる時代においても、彼女は自分を崩さない、強い芯を持っていた。

 そんな彼女を揺るがしたのが、当時ふらりと人間界に立ち寄っていたある吸血鬼の男だった。彼と偶見は恋に落ち、将来を誓い合う仲となる。しかし吸血鬼界に一定数存在する保守的な、血の混じることをよしとしない立場の者たちによって、相手の男は吸血鬼の集落に連れ戻されてしまう。人間の能力では吸血鬼の集落を認知することはできない。彼を探すこともできず、身籠っていた子どもは死産となってしまう。悲嘆に暮れていた彼女の目に映ったのは、あるテレビ番組の報道ニュースだった。

 画面には、当時にしては珍しい、偶見よりも年上の女性研究者の姿があった。彼女は新種の鉱石を発見したのだという。その事実自体も称賛に値するものであったが、何より偶見の気を引いたのは、彼女も子どもを流産しているということだった。

「女性は子どもを産むことだけが人生ではない」

 そう言う彼女の訴えは、偶見の心にとても響いた。そして、自分が彼と出会ったことをなかったことにしたくない、と思った彼女は、彼の種族――吸血鬼について調べ始めることに決める。吸血鬼の研究者になって、その事実を広く知らしめることで、いつか彼の耳にも自分の名が届き、自分が今も彼のことを想っていることを伝えられるのではないか。そんな淡い、期待を抱いて。

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