カランカラン、と、クラシカルな鐘の音を鳴らしながら入口の戸が開かれる。古びた喫茶店に滑るように入店したのは、最近ここで働き始めた女子高生――権田利駆の同級生、織羽だった。カウンター席のテーブルを濡れ雑巾で拭いていた店主の老爺は、その姿をちらりと確認するなり、おや、と穏やかな声を上げた。

「彼女なら今日はお休みだよ。きいてないかい?」

「休み?」

「あぁ、朝電話で連絡が来てね。何でも具合が悪いとか。声の調子だけでも相当辛そうだったよ」

 そうか、とだけ返事をすると、織羽はくるりと踵を返す。織羽のそんな態度に店主も慣れたもので、いってらっしゃい、と声を掛けると、雑巾がけに再び戻った。

 年相応に足腰が言うことをきかなくなってきて、一人くらい手伝いでも雇うか、と、この老人が気まぐれに求人を貼り出したのは夏の少し前のことだった。以来ちらほら応募者は現れたものの、店主の眼鏡に適うことはなく、そろそろ諦めるか、と思っていたところにやってきたのが利駆だった。決して器用そうには見えない、寧ろ世の中に慣れていない様子がありありとしていた少女だった。だが彼女は、容姿に表れる真面目さもさることながら、これまで面接した誰よりも良い意味で稼ぐということに貪欲だった。自分が勤めることで金銭が発生する、その行動に責任を持ちたい。当たり前なことではあるのだが、その当たり前ができない人間が多い中で、そんな考えを口にした彼女を店主は気に入った。

 そうして彼女を雇い、少しずつ仕事を覚えていってもらう内に、彼女の勤務終了時刻近くになると織羽が外に立っているのに気が付くのは割りとすぐのことだった。どんな関係なのか、などという野暮なことは聞いたことがない。雨の日も外に立つ彼を見かねて店内に案内して以降、店の中で待つことを許しているので、その際に同じ高校の同級生だということを教えてもらったくらいだ。だがどう考えても、彼がこの店に寄るのは彼女のためだけだということはわかりきっている(その証拠に、彼は数えるほどしかコーヒーを頼んだことがない)。だから、この店に彼女がいないとわかった彼がどこに向かうのか、店主が思い至るのも至極簡単なことであった。

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